市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング

●●●第3回「男声合唱団アンサンブルGG」


■とき 平成27年12月19日(土曜日)19時〜20時30分
■ところ 深溝町(団員宅)
■参加者 男声合唱団アンサンブルGG 19人(男性18人、女性1人)、市長、生活安全部長、その他関係市職員
【今回のミーティングで出た主な意見】
・活動から感じることについて
・音楽と生涯学習にについて
・今後の文化活動について

1 合唱の披露
 ・Golden Gentleman   ・どこまでも行こう   ・君について行こう

2 開会のあいさつ(事務局)
 素敵な歌のご披露をありがとうございました。私は、司会を務めさせていただきます市民対話課長の吉崎と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 本日は、大変ご多忙な時間帯に「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」にご参加いただきましてありがとうございます。
 さて、この「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」につきましては、市長自身が最も大切に考えている対話と協働を進める上で重要な事業であります。そうした中で、このミーティングも平成23年度より回を重ねまして、各地域の皆様や各分野で活動をされてみえる団体の皆様との意見交換を行ってきました。本日の市長ミーティングは、今年度、第3回目となります。よろしくお願いいたします。
 それでは、まず始めに末松市長より、あいさつをさせていただきます。

3 市長あいさつ
 皆さん、こんばんは。本日は、「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」ということで、お邪魔させていただいたところ、男声合唱団アンサンブルGGの皆様方の歌声を独り占めさせていただき、誠にありがとうございます。いつも、素晴らしい歌声を舞台や公民館などでは聞かせていただいていますが、私だけのために歌っていただきまして、こんな感動はないかと思っています。今日は、このように開催させていただきますことを、まずもってお礼と感謝を申し上げます。
 先ほども、お話がありました通り、この鈴鹿(まち)づくりミーティングにつきましては、市長に就任して以来、最も大切にさせていただき、地域の皆様方の率直な声を聞かせていただきたいということで、毎年開催をしております。今年度は、今回が3回目ということですが、今日は、皆様方の活動のお話から、生涯学習であったり、今後の鈴鹿市の文化芸術の継承や、まちづくりについてなど、忌憚のないご意見や、地域で活躍されてみえるお話を聞かせていただければ、これからの市政の運営に向けて、役立たせていただけるのではないかと考えています。皆様方といろいろな意見交換をさせていただくことを楽しみにして参りましたので、どうぞよろしくお願いします。

4 参加者代表者あいさつ(※※※※様)
 ご覧いただいて分かるように、私たちの団員は、ほとんどが定年を経て、第二の人生まっしぐらの者ばかりです。若干、まだ仕事人生、最後の追い込みをしている者も2、3名いますが、平均年齢68歳で、なお長く生きていこうと頑張っています。
 どのような活動をしているのかを、ご紹介させていただきます。今年は、9月に長野県の飯田に行き、招待を受けて歌ってきました。また、この5月には、アンサンブルGGが誕生して、ちょうど10年になりますので、10年を記念して頑張って歌いました。沢山のお客さんがおみえになった、鈴鹿の文化会館の満席の場で、大きな拍手で、良かった、上手くなったじゃないかと、お褒めの言葉を沢山いただきまして、本当に感激した一日でした。上手くなったじゃないかというのは、不味かった頃の事をよくご存知の方で、いわゆる生まれたての10年前の時のGGの程度やレベルをよくご存知の方が、今年の5月に聞いていただいて、単独の第2回目のコンサートは、本当によく出来たと評価をしていただいて、嬉しく思っています。今後も、こういう会をうまく利用して頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

5 参加者自己紹介(省略)

6 事務局概要説明(省略)

7 意見交換(ミーティング)

【活動から感じることについて】

市長 本日のテーマは、歌から生まれる生涯学習ということですので、合唱が皆様方の活動の中心だと思いますが、まず、どうやってこの合唱団ができたかという成り立ちを教えていただけますか。

参加者 私は、以前、鈴鹿混声合唱団にいた時に、男性ばかり集めて男声合唱を楽しんだ時期があって、男声合唱をやり出したら、男性の方々が、男声合唱も良いなと言い出したので、合唱団内の一部の組織として、男声合唱をするようになりました。その後、私は退団しましたが、その時の人たちが、また集まってきてくれて、正式に男声合唱団アンサンブルGGが生まれました。それから10年が経ちます。
 この頃、認知症が増えてきて話題になっている中で、特に一線で活躍していた仕事人が、仕事が終わると、何か安堵感と空洞間が入り混じって、がくっとくる方が多いです。ですから、人生のそこを埋めていくという大きな目標を持ちながら、この合唱団の活動を続けています。ですから、皆さんは幸いなことにお元気でいてくれるし、私も元気をもらっているので、大変嬉しいなと思っています。

市長 皆さん第一線で勤めてみえた企業戦士の方たちばかりで、まだいろいろお仕事をされてみえる方もいらっしゃいますが、地域活動の中で、ご家族との関係や地域との関係が変わったとかいうことがもしあれば、お願いします。

参加者 いつも言うのですが、寂しい話なのですが、9年前に家内を亡くしまして、それが寂しくて寂しくて、もう病気になるくらいでしたが、アンサンブルGGに入れていただいて、すごくやって良かったと思います。私にとっては、ここは生き甲斐で、楽しくて仕方がないです。元気にもなりました。

参加者 少し暗い話ですが、6年半前に癌を患いまして、幸い初期だったので、腎臓を摘出して済んだのですが、その時は、本当に頭の中が真っ白になって、三途の川を渡るのではないかと思っていました。無事に手術が終わったのですが、仕事もその時に辞めたので、何をしようかと思っていた時に、前の会社の※※※※さんに偶然会って、この合唱団の事を聞いて知って、それから合唱団の方にお世話になって、先ほどの歌ではありませんが、生きる喜びを教えていただきました。幸い再発も無く、本当に有り難いと思います。

参加者 私が、入団するまでのいきさつというのは、2年ほど前から※※※※さんと※※※※さんから誘われていたのですが、一度こちらへ寄らせてもらった時に、その時は、難しい歌ではなくて、皆さんが童謡を歌ってみえました。そこで、私の感想としては、おじさんが一生懸命、童謡を歌っている姿に感激しまして、即入団しました。そのような、温かみがあって、歌を通して男性だけで、ここまでやっている中で、一人一人と関わってきた時に、やはり今までの仕事なり、いろんな部分が見えてきた時に、その人なりの歌声も、また変わってくるような、そのような雰囲気があります。皆さん一人一人の歌声の中に凝縮されているような、そんな事を感じます。

市長 皆さんは、歌がそれぞれの生き甲斐だったり、絆づくりであったり、男のやる気なども含めて、歌の魅力というものが、多分、皆さん方を引き込んでいるのかと思います。地域の中ではどうでしょうか。歌を通じて地域づくりに入りやすくなったとか、合唱をきっかけに話をするきっかけになったとか、お仲間づくりもどうでしょうか。実は、鈴鹿市も地域づくり協議会を各地区につくろうということで、来年度からの基本計画の中で進めていきたいと考えています。地域づくりは、自治会や民生委員さんや農業委員さんなど、それぞれの組織から成り立ってきた経緯がありますが、そのような中での生涯学習、文化、芸術、趣味などからのまちづくりについて、ご意見を伺って、これからの参考にさせていただきたいと思います。

参加者 私は、実は、鈴鹿の街の音楽祭の実行委員会に入れていただいて、市制70周年の時に、鈴鹿の街の音楽祭を始めてもらって、鈴鹿で一堂に音楽をやっている合唱団や声楽、ブラスバンドであったり、バンド活動など、一同に会してやるということで、今年で4回やらせていただきました。年々、非常に参加者が増えてきまして、鈴鹿市を横断的に音楽を楽しんでいる人が寄って、音楽で一日楽しむということを始めて、私は、すごくやり甲斐を覚えて一生懸命やっていますが、ぜひこれを続けてもらいたいです。それから、私たちは、今、合唱フェスティバルというものをやっていて、先日もさせていただいたのですが、これは、市制60周年の時に、市内で合唱をやっている人たちが集まってフェスティバルをやろうということで、ずっと続いていて14回目になります。これも、ずっと続けていきたいと思っています。そういう意味では、地道にこつこつと合唱の部分を続けていますので、ぜひ、市の方も応援してもらいたいと思います。

参加者 ※※※※にご指導いただきまして、西の方で混声合唱団をさせていただいて、そこで、私がやる立場ではないのですが、一応団長をやらせていただいていますので、鈴峰地区の公民館でサークル活動の一環で※※※※にご指導いただいて、混声合唱団を立ち上げて、今年で5年になります。この地域の、庄内、椿、鈴峰地区など、周辺の方がかなり寄っていただいて、今、男女合わせて約50数名みえます。今回の合唱フェスにも出場させていただいて、地域の関心も高まってきまして、ただ、ここには男性の方ばかりですが、男性の方で入団していただく方が少ないので、そこがネックになっています。男性の方に入っていただくと、混声合唱団も、もっと良い合唱団になるのではないかと思っています。

市長 音楽の街ということで、鈴鹿市を音楽で結ぶきっかけは白子高校の吹奏楽であったりとか、西部混声合唱団など、各地域では音楽を楽しんでみえる方がみえますが、それを一堂に会して音楽のまちづくりはできないかということで始めさせていただいて、実行委員でお世話になって嬉しく思います。そんなことが、この鈴鹿市に少しずつ定着してきたような気がします。それぞれの公民館のサークル発表会におじゃましても、合唱される方が沢山おみえになりますが、皆さん方が地域でリーダーシップをとっていただいていますので、まさにアンサンブルGGというのは、もう皆があこがれる合唱団になったのではないかと思います。それぞれ、地域で歌っていただくことで、高齢者の方に元気を与えていただいていると思いますが、活動されていてどうですか。

参加者 実は、私は、57歳の時に、たまたまアンサンブルGGが活動している近くに遊びに来ていて、事務局長から合唱をやらないかと誘われて、合唱とは何かというくらいのイメージだったのですが、やはり、始めてみるとハーモニーがうまくかみ合ってくると、この快感というものは凄いもので、57歳で入団して、今は64歳なのですが、その間に、この人は誰だろうと分からなくなったことはありません。絶対に歌は、頭の活性化に効果があると実感していますので、どんどん助成金を付けていただいて、広げられたらどうかと思います。

参加者 GGに入ったのは、実は、私は単独で入りました。皆さんは、友達やお知り合いの方からお誘いがあって入られていますが、私は、本当に見ず知らずの所へ、新聞を見て入りました。もともと、歌は演歌が好きで、最初に歌わせてもらったときも、すごく演歌調だと言われて、今でも演歌が入ります。もうひとつ、私はスポーツもやっていますので、そこでも、市民会館や文化会館でGGの歌がありますよと宣伝したいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

参加者 いろいろ友達に話をしますが、なかなか入ってもらえません。僕が合唱団に入っていると言うと、驚かれます。まだまだ男の方が少ないので、私も声は掛けていますが、歌はちょっとと言う方が多いです。入っていただくには、来て聞いていただくのが一番かと思いますが、イベントの時には毎回、僕なりに20人、30人の人に来てもらえるように、声を掛けています。そうやって、これからも理解を深めいきたいと思っています。

参加者 私も入らせていただいたのは、7年ほど前で、誘われたわけではなくて、こちらのクリスマスコンサートを見に来て入ることになりました。当時は、いきなり1カ月も経たないうちに、コンサートをやるからということで、歌も覚えていない状態で出していただきました。その後、当時は、老人ホームとか病院に慰問に行っていました。私は、GGとして、そういう活動が嬉しいので、年老いた方、体の不自由な方への慰問に行って、ちょっとでも心が明るくなれば良いと思います。非常に喜んでいただいている雰囲気を見ていると、歌っていて良かったと実感できます。最近、そのような活動が少なくなってきているような気がしますが、最低、年に1回は行っていると思いますので、今後も先生がお元気な間は、また行きたいと思います。また、地域に少しでも貢献できたらと思います。自分達も楽しみながら、聞いていただく方も楽しみながら、心が少しでも通えればと思って、歌を続けています。

参加者 歌の魅力を感じるのは、楽器ではなく、生の人間が音を出すということで、その日の気分によっても変わってきたり、調節が難しいです。そういうところが、楽器とは違う魅力を感じます。社会的なところで言いますと、普段考えていることは、私は、社会福祉協議会で生活福祉金の生活相談員をしていますので、普段見ている方は、生活自体が苦しい立場の方ばかりで、私たちが歌っている歌声は、そういう方には届いていないような気がします。できれば、苦しんでみえる方のために、または一緒に歌えるような、そんな場が出来ればと思います。私たちは、歌えること自体が幸せだと思うのですが、そういう方は、歌を聞く余裕がなかなか見付けにくいと思うので、そんな場があれば、もう少し、そんな方たちも元気が出るのではないかと思います。そういうことで、ボランティアさんとかサークルに繋げながら、そういう場が出来たらと思っています。

【音楽と生涯学習について】

市長 今、お話をしていただきましたが、いつもこの男性陣を仕切っている※※※※に、この活動に関わっていただいて、いろいろなご感想とか、鈴鹿から出られてからも、こうやって鈴鹿に関わっていただいているということからも、何かお話をしていただければと思います。

参加者 以前、鈴鹿市に住んでいましたが、結婚して四日市に引っ越しました。もともとは大阪の生まれで、三重に来た時に、三重に来たからには三重で出来ることがあるのではないかと思って、今は教室を運営していますが、音楽をすることというのが、合唱もピアノも含めてですが、特別な人がするものだという考えの方が、少し多いような気がします。大阪だからとか、三重だからとかいうのではなくて、歌うことも、歌を歌って何になるんだと言われます。まず、聞く余裕が無くて、歌を聞くくらいなら、他にもっと何かすることがあるのではないかと思われるようです。そうではなくて、ピアノも歌も生活の一部であって、それこそ、ピアノみたいに楽器がなければ出来ないですが、歌は発声すれば簡単に、どこでも歌えます。音楽と人との関わりというものが、特別視されすぎているような気がします。私も、家にグランドピアノがありますが、ピアノが家にあるだけでも凄いと言われますが、そうではなくて、電子ピアノでも、どんな小さなキーボードでも構いませんので、音楽を、ご飯を食べるのと同じくらいに、心の中で栄養になるものだからと思って、何かお手伝い出来る事があればと思って、※※※※に手を挙げてピアニストとしてお手伝いさせていただけないかと、お話をさせてもらった時に、ぜひにということで入団させていただきました。
 毎週お会いしているので、正直言って、下手なのか上手になっているのか分からないのですが、私が出会った頃と、全く見た目年齢が変わっていなくて、皆さん艶々です。私たち、負けている場合ではないです。こんな元気なおじいちゃん、おばあちゃんを増やしたいと本当に思います。私の音楽というものが、これから必要になるとすれば、そこかと思っています。

市長 今、※※※※に、いろんなお話を聞かせていただきましたが、本当に生き生きとされてみえると思います。私が、一番最初にお会いしたのは、庄野公民館で歌を聞かせていただいた時だと思います。その後、文化会館などでも聞かせていただいていますが、あの時のままで、凄い活躍をされてみえると思っています。

参加者 実は、私は、北玉垣の老人会の役員をさせてもらっています。私は、この老人会という名称が嫌いですが、その中で、毎年1回、芸能発表会をやっています。市老連でも芸能発表会をされていて、いつも市長さんが壇上であいさつをされています。発表会に向けて、何人かの有志で集まって合唱をします。そこで話を聞いていると、みなさんカラオケはよくやってみえます。そのように単独で歌うのも良いですが、何人かが有志で集まって、楽しく正確に歌うようなレベルまでもっていけたら良いなと思っています。それが段々広がって、オール玉垣やオール第4ブロックになれば良いかと思います。でも、やはり解決しなければならない問題が山ほどあります。先生や伴奏をどうするか、そういったことも考えて、少しずつやっていけたら良いかと思っています。

市長 多分、素晴らしい環境の下で皆さんが練習されて、いろんな所で発表することが出来るということは、この環境を整えるまでも、皆さん方の努力があったかと思いますし、ひとつの物を生み出すということは、大変な労力が必要ですので、そういったことも含めて、先ほど※※※※が言われたように、歌う事が食事するのと同じように、当たり前の事で、そんな特別な事ではなく、抵抗する事ではないというところを、もう少し、市民の方に理解いただけたらと思います。やっと、音楽のまちだということが定着してきましたので、普通に歌を歌っていただけるような、そんな機会を広げていただけたら良いと思います。それは、私ども行政の役割でもあると思いますし、地域の活動の場を提供できるように、環境整備をしていかなければとも思います。 毎週、こうして歌っていただいている中で、その活動が、まちづくりやご自分にとっての生き甲斐になっているのではないでしょうか。

参加者 現役の時は、40数年車づくりで、人対人の付き合いではなくて、人対物で、いつも物を相手にいろいろやっていたので、私には、人対人が欠けていたと思います。だから、それを勉強するために、勿論歌も好きだったのですが、人とのふれあいが、ものすごく大事だと思って、この合唱団に入れていただきました。それと、新しい所に行く事や、人とのふれあいが大好きなので、その中で、あの人の真似をしたら素晴らしいなど、良い点を見つけ出して、自分にプラスにしようと思って、こういう人とのふれあいを大事にしていこうかと思っています。今まで、40年間、足らなかった分を、後僅かですが、それをやっていこうかと思っています。

参加者 私は、生まれ育ちが名古屋で、仕事で三重県に来ました。日頃は、家と会社だけの往復で、地域と言っても、隣近所くらいしか顔を合わさなですし、他の地域の方とも会う機会は無かったのですが、そこで、鈴鹿混声合唱団が出来たもので、渡りに船といった感じで始めて、このGGまで流れできています。今は、まだ、鈴鹿混声合唱団とこちらと二足の草鞋でやっていますが、やはりこういう場が無いと、なかなか市内の方ともふれあえないですし、顔見知りにもならないので、こういうところで、いろんな方とお友達になれて、いろんなお話が出来るというのも非常に楽しいのですが、やはり、歌っていると、一緒に何かを得るというのが良いのだと思います。他の趣味ですと、一人でやるものが多いですが、こうやって一緒に何かをやって、ハモる時が一番良いのですが、ハモらなくても、それはそれで、歌っていれば楽しいです。
 地域の話をすると、公民館や施設に行って歌うということは、こういう活動をしていなければ行かない所にも、いろいろ行かせていただいていますので、本当にチャンスをいただいていると思って、生き甲斐でもありますし、楽しみです。練習時間が一番楽しみなのですが、本当にやっていて良かったと思っています。

参加者 私も大阪出身なのですが、35年前に学校を卒業してから、東京に就職しましたが、転勤で鈴鹿に来ました。三重県の方は、あまり知らないのですが、三重県は音楽不毛の地と全国では言われています。音楽家が特に出ない、鳥羽一郎と、あべ静江くらいです。音楽のプロが出ないという事だったのですが来てみたら、例えば、白子高校の吹奏楽部が全国大会に出ていたり、結構凄いなと思いました。ずっと音楽活動をしていると、皆さん一生懸命やっているので、全国的に見ても、あまり遜色は無いなと思いました。また、※※※※は、合唱団の伴奏者としては上級クラスで、勿体無いです。GGは、いい人が集まっていると思います。多分、憧れている人も出てくるだろうと思います。

市長 音楽不毛の地とは、初めて聞かせていただきました。

参加者 私は、北海道出身です。東京で自動車会社に就職して、転勤でこちらに来ました。いろいろ事情があって辞めて、市の清掃会社に勤めていました。妻が12年前に亡くなって、何かしようかと人材シルバーセンターに5年くらい勤めて、たまたま10何年か前に市民会館でやっていた音楽祭を見に行ったら、知り合いの方が合唱団で出ていてスカウトされました。でも、私は、楽譜は読めないですし、合唱もやったことがなかったです。昔、民謡はやっていました。そしたら、違う方にGGに来ないかと言われて行ったら、そこでもスカウトされて、困ってしまいました。ですが、やってみて、全然うまく歌えませんが、ストレスが発散できます。※※※※が、全然ストレスを与えないです。楽しいので、これは続けられると思って、今まで続いています。私は、10月に直腸がんをやって、無事に手術も終わりました。その後は、メニエールになってしまって、どうしようかと思っていますが、来年は、後期高齢者になりますので、いつまで続くか分かりませんが、楽しい合唱団で、皆さん良い人で、気さくな方ばかりで楽しいです。

市長 健康寿命も延びる、それから、癌のお話も聞かせていただきましたが、皆さん良くなってきているというのは、これは、歌を歌うことによって、免疫力も上がることにも繋がるのかと思います。ぜひ、後期高齢者になっても、歌を続けていただけるように、このお仲間を大事にしていただきたいと思います。先ほどから、ポジティブなお話ばかりで、誰一人として、ネガティブなお話はひとつも聞かせていただいていないです。こんな会も珍しいと感激していますが、事務局長として、いかがでしょうか。皆さんのタイムスケジュールとか、会場の手配などもしていただいているかと思いますが。

参加者 私も、GGの設立から居たわけではなくて、2年目くらいからだったと思います。入ったきっかけは、家内の友達が、私がGGの真っ赤なジャケットがきっと似合うよと言われて、その後、家内が近くの郵便局で※※※※に出会って、うちの主人はGGに入れるのか尋ねて、それから門戸を叩いて入団しました。それまでに2カ月ほど考えましたが、歌っている所にお邪魔して、最初は、場違いな所に来たと思いました。私の知らない歌を歌っていましたし、でも、今では、あの頃の自分は下手だったなと思います。
 まず、この団に入団してから、大きな舞台で歌えるということです。普段、何もやっていなければ、市民会館や文化会館の舞台に立つ機会はまず無いと思います、この喜びがひとつと、あと、施設へ慰問行っていますが、痴呆症の方は、会っても表情が無いです。そんな中で、先生が、みんなで歌う場をつくってもらって、簡単な歌を歌うのですが、歌が始まると、施設に入っている皆さんも聞いた事のある歌だと、その歌が始まると、表情が変わって口も動きます。そんな時には、本当に歌っていて良かったと思います。ただ、出前で行く時は、電子ピアノで先生手作りの舞台を持参でお邪魔しますので、それも大変なのですが、そんな苦労も、皆さんの表情をみていると吹っ飛んでしまいます。
 市長の最初のご質問ですが、皆さん非常に協力的ですし、舞台の予約なども皆で分担してやっていますので、特に困った事というのは無いです。例えば、出前の時の荷物の運び出しは、近くの人がメインになってしまいますが、実は、この男声合唱団ができたのは、鈴鹿混声合唱団が始まりということで、鈴鹿混声合唱団そのものは、どちらかというと鈴鹿の東部地区の方がメインで、西部の方はほとんどいなかったです。私がGGに入った時は、西部の方は誰もいませんでした。今でこそ、近くの方がみえて、伊船町4人、庄内2人で6人いますので、その6人で役割をまわして、荷物の運搬をしています。普段、我々がそれをやっていますので、東の方は、迷惑をかけているので、それ以外の仕事を引き受けると言ってくれて、分担が非常にうまく出来ています。

市長 お人柄だと思います、本当にありがとうございます。
さて、いつも団長さんには、名司会を聞かせていただいていますが、素晴らしい合唱団に成長されたと思いますし、10年の節目でのコンサートの時にも、とても皆さん方が喜んでいただいたと思います。どんな舞台でも、直接、肌身で感じていただいていると思いますが、やってみえてご苦労もあったかと思いますが、思い入れも含めてお話をいただけますか。

【今後の文化活動について】

参加者 私は、10年になりますが、最初に申し上げたように、スタートした頃は、本当に難行苦行の連続でした。※※※※には大変なご努力いただいたかと思い、感謝しています。それがやっと、お互いのハーモニーが揃って、合唱らしい形になったのは、「千の風になって」という曲が世に出た時だと思います。※※※※は、あの曲をいち早く、アンサンブルGG用にアレンジされて、GGの「千の風になって」が出来上がりました。その年は、どこへ行ってもそればかり歌いました。ある会場ではアンコールもありました。確か、菰野のパラミタミュージアムに始めて招待されてお邪魔してコンサートをした時にも、この曲を歌いました。パラミタのホールで「千の風になって」を歌いました。バックの環境もとても良かったのですが、歌い出したら、前の方の女性の方がハンカチを出して涙を拭いていました。お身内で不幸な事があったのかと思っていたら、なんと、その後ろの方も、また後ろの方も涙を拭いてみえました。それを見ていた、まだ団に入団して間もない団員の一人が、もらい泣きをしましたが、我慢して最後まで歌い切りました。感激の発表会でした。その時以来、歌を通して、お客さんに感動を与える喜びが、このGGにも少しずつ芽生えてきて、現在に至っているのではないかと思っています。これからも、益々精進して少しでも皆さんのお役に立てればと、頑張っていきたいと思います。

市長 とても良いお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。※※※※は、現職で先生をされていた時も、いろんな学校の校歌をつくっていただいたり、教え子の方も沢山みえますので、今でも、音楽の世界で頑張っている方もみえるかもしれません。また、第二の人生を、こうやって共にする皆さん方と合唱団をつくっていただいたり、いろんなご活躍の中で、このGGというものは、私は、鈴鹿にとって宝だと思います。先生も皆さんのお話を聞いていただきましたが、ご感想などお聞かせください。

参加者 私は、鈴鹿混声合唱団を1988年に設立したのですが、あの時はとにかく、私もまだ現職でした。子どもたちと合唱しながら、本当に、私も生徒も楽しんでいました。こんな楽しい世界は無いと思って、これは子どもたちだけではなくて、大人の世界でも共有したいと思って、こんな楽しさは皆に知ってもらいたいという気持ちがとても強かったので、その時の相棒の方に相談して、設立委員会を立ち上げて、鈴鹿混声合唱団を誕生させました。そしたら、集まるわ集まるわで、200人近い人数が集まってきました。その時に、皆さんが本当に喜んでくれるので、やはり、子どもも大人も一緒、音楽を通じて気持ちがふれあうところは同じだなと思いました。今、市長が宝物だと仰っていただきましたが、私にとっても大事な宝物です。私の、ほとんど一日の全てと言ってもいいくらい、GGのお仕事をさせていただいています。最近では、西部混声合唱団を立ち上げて5年ほどになりますが、ここも大事にしています。この人たちも、初めて合唱を経験する人がほとんどで、こんなに楽しいものなんだという事を、今、味わっていただいていますので、ここでも、私の仲間が出来たと思っています。そんなことで、私の気持ちが、あちこちで通じていくのが、とても楽しいです。こちらにも感謝状がありますが、教育委員会の夢工房に所属していますので、小学校にもお邪魔しています。小学校の子どもたちからも、元気をもらったり、逆に私たちの生き様を見てもらったりして、この交流もおもしろいです。
 先ほどからも話が出ていますが、施設への慰問や、公民館などで文化祭などで歌わせてもらったり、老人会の人たちとのお付き合いも出来て、社会的にもいろいろお付き合いが出来ることを、物凄く楽しんでいます。歳をとるに従って、孤独感に襲われる方も沢山みえますが、やはり、長生きの秘訣は、何人かの人と出会って、ふれあって、お話をするというのが大事だと思います。そういう意味からも、これからの活動をどんどん広げていきたいです。こうやって、20数名が毎週顔を合わせているだけでも、これも大きなふれあいだと思います。それを、もっともっと広げていって、皆さんに貢献もしたいし、可愛がられる合唱団にしたいと思います。
 最後に一言、市長も歳をとられたら、サークルに入られて、人とのふれあいを楽しまれると思います。先ほどから、西部地域と何度も話に出ていますが、今は、こちらへ道路が出来ましたので、あれは重要な道路です。東部と西部が繋がりました。1本の道路が出来ると、その周辺に人が住みだして、まちが出来て、店が出来て、遊び場が出来て、賑わってきます。そういう意味からいくと、こちらに何か文化を育てるようなお城が欲しいです。それが無いです。要するに、1号線からこちらに、ピアノを置いてある部屋が、ひとつも無いです。それは、住民の要望度が低いこともあるかもしれませんし、つくっても後の利用度が低いことが予想されることがあるのかもしれませんが、お城をひとつつくれば、人はそこへ集まってくると思います。少なくとも、我々は使う事が絶対にあります。そういうことから、こちらの文化を育てるためには、あるひとつの起爆剤が欲しいと思います。これが、私が一番願っています。できれば、あちらには、市民会館、文化会館、ふれあいホールなど、いろいろあります。こちらには、ひとつも無いですので、これをつくっていただいて、こちらからも、ある程度の文化の風をあちらへ吹かせて、また向こうから文化の風を取り入れるような窓口にしていただくと、非常に嬉しいです。

市長 今、お話をいただいた通り、神戸には昔から役所がありましたので、その関係で公共的な施設が多いです。道路の話もしていただきましたが、この地域には、平成30年には、新名神が全線開通しますし、スマートインターチェンジもできます。現在その周りを、開発していこうということで、地域の方々にもお話をさせていただきながら進めているところですが、その中で、今お話をいただきましたので、文化施設も検討していきたいと思います。ひとつの地域づくり、文化や音楽の地域づくりをしよう、鈴鹿を音楽のまちにしようというお話をいただきましたが、こうやって皆さんが頑張ってみえる場にお役立てできるような事を考えていきたいと思います。素晴らしいご提案をいただきありがとうございます。今、いろいろな公民館をまわらせていただいていても、活動したくても部屋が足りないと聞かせていただきます。なかなか、環境が整えられていない状況と、人口が少しずつ減少していきますので、施設をどのように集約化していくのかなどを、現在、検討しているところです。鈴鹿市全体の気運を盛り上げていくためにも、大事な事だということは認識しておりますので、音楽不毛と言われないように、努力をさせていただきたいと思っています。
 今日は、途中でも申し上げましたが、ひとつもマイナスなお話はなかったです。鈴鹿づくりミーティングをさせていただいて5年目になりますが、こんな会は初めてです。皆さん方は、ご自分に自信を持って、生き甲斐を持って活動していただいているということを、ありありと感じました。ぜひ、この皆さん方の元気を、鈴鹿の市民の方、一人でも多く伝えていただけるような活動を、これからも続けていただきたいと思いますし、※※※※が仰っていただいたことがすぐに実現は出来ませんが、私どもも、普段の活動も含めてサポートをさせていただきたいと思いますので、今後も鈴鹿市の宝になって、益々輝いていただき、何年経っても顔色が変わらないように頑張っていただけたらと思っています。
 そこで、私からリクエストがあるのですが、先ほどからお話に出ています「千の風になって」を歌っていただけないでしょうか。難しければ、今の課題曲でお願いします。

参加者 「千の風になって」は、今日は準備が出来ていないので、市長をうっとりさせるような歌を歌いたいと思います。

《ダスリート 合唱》

市長 歌は、思いやる気持ちが無いと歌えないですね。今も、皆さん、お隣の方の声などを聞きながら、歌ってみえましたが、こういうことが繋がっていくのだと思います。素晴らしかったです。本当にありがとうございました。それでは、最後に皆で「夕焼け小焼けを」歌いたいと思います。

《夕焼け小焼け 合唱》

 感動しました。今日は、本当にありがとうございました。

                        ※この会議録は、要約しています。