市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング

●●●第5回「成人式実行委員会」


■とき 平成25年1月20日(日曜日)10時〜12時
■ところ 市役所本館 1205会議室
■参加者 成人式実行委員会 8人(男性3人、女性5人)、市長、生活安全部長、その他関係市職員
【今回のミーティングで出た主な意見】
・成人式を運営した感想について
・二十歳になった今後の地域との関わりについて
・防災、交通安全について
・私の二十歳の頃について
・鈴鹿の好きな所について
・成人式の反省点と今後について


1 開会のあいさつ(事務局)
 本日は、成人式を終えられて初めての日曜日という貴重なお休みのところ、「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」にご参加いただきましてありがとうございます。この「鈴鹿(まち)づくりミーティング」は、市長が最も大切に考えている対話と協働を進める上で重要な事業です。そうした中で、このミーティングは各地域の皆さんや、各分野で活躍されてみえる団体の方々と意見交換を行ってきました。昨年度より回を重ねまして、今日のミーティングが今年度5回目となります。どうぞよろしくお願いします。それではまず始めに、末松市長より挨拶をさせていただきます。


2 市長あいさつ
 あらためまして、明けましておめでとうございます。本日は、平成25年の鈴鹿市成人式実行委員会の皆様方に「鈴鹿(まち)づくりミーティング」にご参加をいただきまして本当にありがとうございます。先ずもって先週の成人式お疲れさまでした。大変すばらしい成人式になったのではないかと思っていますし、本当に皆さん方のおかげで成功裏に終わらせていただきましたので、感謝を申し上げたいと思います。
 式典に参加をさせていただきまして、いろいろな趣向を凝らしていただいたり、また今年は会場が市民会館に変わりましたので、いろんな苦労があっただろうと思います。大変素晴らしい成人式だったと思っています。後の鈴鹿市の幹部会議でも好評の声を聞かせていただいていますので、皆さん方のご尽力のおかげだと思っています。
 今年の5月で市長に就任してからちょうど2年になり、私の任期は4年ですので、折り返し地点となります。そんな中で、市民の皆さん方と一緒にやっていく事業など一生懸命進めているところですが、その中でも先ほど話がありましたように、この「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」は、市民の皆さん方と直接お話ができるということで、私も大事にしている事業のひとつです。
 今日は、成人式を終えたばかりの本当に若い皆さん方と何を話したらいいのかというのが、私の一番の課題ですが、あまり緊張せずに率直な意見やお話をしていただいたらと思います。
 去年、鈴鹿市は市制70周年ということで70歳の誕生日を迎えました。12月1日が市制記念日で、2町10カ村5万人からスタートしたまちでしたが、今では、20万人を超える都市になってきました。その中で、去年はいろいろな事業をさせていただきましたが、71年目の年に皆さん方は成人式をしていただいたわけです。80、90周年の時には、また更に皆さん方は一回りも二回りも大きくなっていると思います。今日もぜひ良い機会にしていただければと思います。今日は「二十歳(はたち)の夢と志」をテーマに意見交換をさせていただきますのでよろしくお願いします。

 
3 事務局概要説明(略)

4 参加者自己紹介
(参加者) 先日行われた成人式ですが、僕たちは去年の5月頃から活動させてもらって、一生に一度しかない成人式を自分たちの手で成功させたいと思って集まりましたが、周りの市職員の方々の協力も得られて良い式になったと思います。ありがとうございます。
 今日は、このような貴重な体験をさせていただくので、僕たちも緊張していますが、しっかり自分たちの意見を言えたらと思います。

(参加者) 小さい頃から鈴鹿で育ってきて、中学は※※※※中学で高校は津の方へ行っていましたが、今はまた鈴鹿に戻って住んでいます。成人式の実行委員をやらないかという友達からのお誘いを受けてさせていただきましたが、非常にいい思い出が残りました。

(参加者) 私は、今、愛知県の大学で小学校の教員になるための勉強をしています。小学校の先生になるためにも、成人式の実行委員会の経験ができてとても良かったと思っています。

(参加者) 出身は※※※※小学校と※※※※中学で、その後※※※※高校へ行き、今は※※※※大学の経営学部で学生をしています。この実行委員に入ったきっかけは、大学生は結構休みの日が多くて、自由な時間がたくさんあるので、実行委員をして鈴鹿市に貢献できればと思ってやらせてもらいました。週に1回集まる事もあって、意外と忙しくて、実行委員会の事を軽く考えていましたが、最終的には、僕たちが成人式をつくり上げたというような達成感があって、とても良い経験になったと思います。

(参加者) 鈴鹿で生まれて、※※※※中学校が出身で、今は※※※※に行っているので、ずっと鈴鹿にいます。4月からの就職先は決まっていて、三重県を出ることになるので、少し寂しいなと思って、最後の思い出づくりが、初めて出会ったみんなと成人式を成功させるという形になって良かったと思っています。

(参加者) 生まれは津ですが、すぐに鈴鹿に引っ越してきて※※※※中学校出身で、高校は※※※※高校に通っていました。今は、※※※※大学のオフィス人材育成学科に通っています。来年から社会人になるのですが、就職先も鈴鹿なので、これからも鈴鹿にいることになると思います。 (参加者) 実行委員長を務めさせていただきました。まず成人式のことですが、みんな5月から集まってイベントなどを決めてきて、いろいろ苦労もありましたが、みんなひとつになって成人式を迎えることができました。成人式も成功して、みんなに満足してもらえたという思いはあります。私自身は、今、看護学校に通っていて夢に向かって勉強を頑張っています。今回、委員長をさせていただきましたが、高校の時もクラス長や部活でも副キャプテンを務めさせていただきました。あと明るい性格です。

(参加者) 副委員長を務めさせていただきました。私は今、大学に通っていてスポーツを勉強していて、体育教師をめざしています。でも、もっと自分にやりたいことはないかと思いながら通っています。今までは、みんなの代表になるようなことはやっていませんでしたが、今回は※※※※さんと一緒に頑張りたいと思い、副委員長を務めさせていただきました。


5 意見交換(ミーティング)
【成人式を運営した感想について】
(市長) ざっくばらんにお話ができればと思っていますので、よろしくお願いします。今日のテーマは「二十歳(はたち)の夢と志」ということで設定いただいています。いろいろ質問や今の自己紹介で話しきれなかった思いとかあると思います。5月から成人式に向けていろいろ活動していただいて、週1回集まって話し合っていただいたと聞いています。どんな思いを持ってメンバーに入っていただいたのか、あるいは5月から進めていく中で、どんなことが苦しかったか、来年の成人式に向けてもう少し改善した方がいいのじゃないかといった事があればお話ししていただきたいと思います。
 先ほど、自己紹介でマイクが回りましたが、この会は必ず1人1回は話をするというのが原則です。鈴鹿市の成人を代表する実行委員の皆さん方ですので、1回では足りないと言われるかもしれませんが、よろしくお願いします。

(参加者) 成人式のイベントなどを決める時に、みんなでいろんな案が出ましたが、いろんな場所から集まって来ていることもあって、意見をまとめるのもとても難しくて、何度かぶつかり合って、喧嘩することもありましたが、最終的に、成人式を迎えたらやってよかったという声が出たので、それはみんなで意見を出し合った結果かと思いました。
 自分自身の事では、司会をしながら進めていましたが、うまくいかない部分もあって、みんなを困らせた部分もありました。あとは、最後にありがとうございましたと言って手を振って挨拶したのは良かったと思うし、一本締めや、もっとみんなでできることがあればやったら良かったという思いはありました。

(参加者) 私は、この実行委員に参加したのは親からの勧めで入ったのですが、始めメンバーが全然集まらないから誰か友達を集めてくれないかと言われて、10人中5人は私が誘ったメンバーです。本当は、もう少し軽いノリだと思っていて、こんなに重大な実行委員になるとは思っていませんでしたが、それでもみんなついてきてくれたので、とてもいい友達を持ったなと思いました。実行委員10人が集まって最後までやれたのも、この10人だったからこその成人式だったんだなと思って、自分の中でもいい成人式になりました。

(市長) お二人の話を聞いてどうですか。軽いノリで実行委員になったけど、やってみたら重大な責任があったとか、大きな成人式を動かしたのは、自分たちの成果だという達成感とか、いろいろな思いがあって成功したとか、まだ終わって1週間ですので、余韻も残っているかと思いますので、その辺含めてお話をいただけたらいいかと思います。

(参加者) 成人式は、本当に無事に終わって良かったと思うし、久しぶりに中学の友達にも会えて本当に楽しかったです。実行委員会も最初は月に1回で、そんなに大変ではありませんでしたが、最終的には週1回くらい集まっていました。私は学校で生徒会をやっていて、昨日もスポーツ大会があってその運営をしていまして、考える事が一杯あって気持ちに余裕が無かった時もあったけど、10人みんなで成人式を無事に成功することができて本当に良かったと思います。

(市長) 成人式のテーマは、志(こころざし)でしたが、それはどうやってみなさんで決めたテーマですか。

(参加者) テーマの案が沢山ありましたが、その中で、私たちは、みんな学校も違うし学んでいる事も違いますが、新成人のみんなもきっと夢に向かって頑張っているんじゃないかという思いを込めてテーマは「志(こころざし)が」一番いいんじゃないかと、みんなの意見が合ったので、このテーマに決めました。

(市長) ゲストの癒詩(いやし)作家の伊藤一樹さんなど、「志」のテーマに良く合った方々を皆さんが呼んでいただいて、また高校の時とは違った繋がりを成人式で持っていただいたと思いますが、人と人との繋がりとか、絆ということも含めて、今回は本当に素晴らしい実行委員会のメンバーがやっていただいた成人式だったと思いますが、終えてからの感想はいかがですか。

(参加者) ※※※※高校出身の子たちが、高校の時にご講演をいただいてとても感動したという話をしてくれたので、それなら私たちも聞いたことがないし、他の子たちも聞きたいんじゃないかと思ったので呼ばせていただくことに決めました。でも、自分たちは運営する側だったので、しっかり聞いたり見たりする余裕がありませんでしたが、友だちに感想を聞いたらすごく感動して良かったと言ってもらえたので、お呼びして良かったと思っています。

(参加者) 僕も高校で一度聞いたことがあるのですが、感銘を受けて、もう一度聞けるとは正直思っていなかったので、※※※※さんが呼んでくれて来てもらえることになって、イベントをしていただいたのですが、それが終わってから※※※※高校の友達がもう一回聞けて良かった、感動したと言われて、すごく※※※※さんに感謝しています。

(参加者) 私は、人前で踊ることは好きなのですが、人前で喋ることや教室で発表するのが得意ではなくて、今は大学で企画サークルに入っていて、そこでいろんなイベントを企画したり、人を呼んで話をしたりすることもあるのですが、その時も私は黙って聞いていることが多いのですが、発言したり思ったことを実行した時に、何もしないより得る物が大きくて、成人式実行委員会も先輩が経験されて、いい体験になるからやってみたらどうかと言われて、やってみました。でも、言いたいことをまとめるのがとても苦手なので、発言する前に何度も考えて発言しています。今回実行委員会に参加して大変だった部分とか日程も合わなくて休んだこともありましたが、やはり得る物は大きいと思います。前に立ったり喋るのも苦手ですが、こうやって喋ることも経験になるので、やってみてすごく良かったと思ってます。

【二十歳になった今後の地域との関わり方について】
(市長) 成人をしたということは、大人の仲間入りをしたということだと思います。お酒も飲めるようになったし、タバコもそうです。もうひとつ大きなことは、選挙に行くこともできます。成人をして大人になったという自覚を持っていただいた中で、例えば、地域の住民として、あるいは鈴鹿市民として、ひとりの成人した大人として、これからどんな風に鈴鹿市と関わっていきたいのか、家族と関わっていきたいとか、そのような思いがあれば聞かせていただきたいと思います。実行委員会を経験してみて、鈴鹿市もどのように変わっていってほしいという思いがあれば聞かせていただきたいと思います。

(参加者) 私は、理学療法士になるために名古屋の大学で勉強していますが、その理学療法学科の教官で、岐阜在住の岐阜市に関わってみえる方の講義を受けていて一番思ったのは、自分たちが市を動かすのではなくて、市のお年寄りの方になるだけ外に出てもらおうとすれば、その改善点が見つかるので、そういう改善点を見付けて自分たちで市を良くしていったら、選挙に興味がなくても、同じような目的を持っている人に投票することができるということです。なお且つ、私の祖父も、よく外に出掛けますが、まわりのお年寄りが出掛けなくなってきた理由は、本当に不便なところがあるからだと思うので、そういったところを市が改善してくれれば、私たちも、もっと生活しやすくなると思ったので、理学療法士になったら就職は鈴鹿から離れてしまうかもしれませんが、戻って来た時に、周りの方と接してみてどういったところを私たちが改善できるのか見付けたいと思います。

(参加者) 小さい頃から鈴鹿でお世話になって、いよいよ二十歳になって大人になったということもありますが、今まで、親や先生、友達に感謝するべきところがいっぱいあって、いろんな方の支えを受けて、ここまでくることができたので、今度は逆に鈴鹿市にできることを自分で探して、ボランティアとか何か誘いがあった時には、活発に自ら動けるようになれたらと思っています。  あまり私は、活発な方ではないですが、今回の成人式は、友達からの誘いを受けてやりました。最初はするつもりもなかった司会もさせていただいて、無事に成人式を終了して得た物がものすごく大きかったです。そこを機に、また鈴鹿市に何かできることがあれば活動していきたいという考えが見えてきて、まだ学生なので、就職はもう少し先ですが、できれば鈴鹿で就職したいと考えています。

(参加者) ※※※※地区に住んでいますが、毎年獅子舞に参加させていただいて、地域の方々とふれ合って、地域の家を一軒一軒まわって獅子をまわさせていただいて、地域のそういったふれ合いがとても大切だなと感じますし、なにより獅子を見ていただくのは、お年寄りの方が多いのですが、お年寄りの笑顔が見れたり、感動したと言ってもらえるのも嬉しいですが、なにより自分が地域に関われていることが、とても良いことなんだなと思いました。
 あとは、看護師をめざしていて実習中ですが、その中でふれ合う患者さんやいろんな人に出会うことで、自分の成長とその人の事を考えることも身に付いてきて、地域の方ひとりずつ接するのは厳しいと思いますが、人としての関わりをちゃんともっていけたら、いい風に繋がっていくんだと感じました。就職まではあと1年ありますが、就職先は鈴鹿の予定ですので、そこでも地域のこととか、鈴鹿市でボランティアがあったら参加していきたいと思います。

(参加者) 私は、鈴鹿市内の劇団に入っていて、今も時間があれば高齢者施設などを無料で演劇やパフォーマンスをしてまわらせていただいていますが、その時に、お年寄りの皆さんが笑顔で見てくれたり、素人の劇団を温かい目で見てくれたりしてくれます。そういうことをすることによって、少しでも笑顔の手伝いをさせていただいているのは、自分でも実感しています。これからも施設をまわったり、皆さんを笑顔にしていくことをしていきたいと思います。
 私ごとですが、私はまだ二十歳にはなっていないのですが、成人したということで、今は一番、親に迷惑を掛けていて、大学になかなか行けない状況になっているので、将来的にも、まだ不安定なので、もう少し自分のやりたいことを見つけて親を安心させてあげたいと思います。

【防災・交通安全について】
(市長) 高齢者の方との繋がりをどうやっていくのかということが、皆さん方が一番思っていただいているんだなと聞かせていただいて、非常に気持ちが温かくなりました。
 鈴鹿市の高齢化率は、平成24年3月末で19.7%でした。他市と比べると高齢化率は高く無い方です。今は、どこでも20%を超えていますので、20%を超えるということは、高い率でお年寄りが身近にいるということになります。それより若干若いのが鈴鹿市で、隣りの津市や四日市に比べても、若いまちですねと言われるのが鈴鹿市です。
 子どもの数は、本当に少しずつですが微増しています。これから、子育ての環境をいかに良くしていくのかということと、いかに定住をしていただくのかという課題を持って、鈴鹿のまちづくりをしていかなければならないと思っています。皆さんが、ぜひ就職は鈴鹿でしたいと言っていただいたので、就職先もきちんと確保していくことが、私たちの仕事だと思っています。
 天栄中学校とか鼓ヶ浦の辺りは、津波の心配がたくさんある所で、この間は鼓ヶ浦小学校に避難用の緊急階段を付けさせていただきました。東日本大震災の後に津波対策が問題になり、そのような緊急的な避難施設も、高齢者の方が逃げていただきやすいように、あるいは小さな子どもさんたちが、ちゃんと逃げていただけるように、避難施設も構築していかなければならないですが、そんな中で、鈴鹿市は津波がくるまでに70分程時間がありますので、まず自分たちが逃げていただくということをしっかりと身に付けていただきたい。ボランティアなどに参加していただいて、避難訓練に出ていただく時にも、地域の方の状況をしっかりと把握していただいて、どこに逃げてどこに行ったらどんな活動ができるのかということも、これから徐々に皆さん方に勉強していただけたらありがたいと思います。津波ハザードマップや、防災マップも各家庭に配付してありますので、また見ていただいて地域の訓練の際に、ぜひリーダーシップをとっていただいて主導的にやっていただけたらと思います。
 東日本大震災以降、何か意識をするようになったことはありますか。もしあれば、自分たちの学校での課題とか、学校の仲間から聞いている話とかあれば教えていただきたいと思います。

(参加者) 私は、祖父と一緒に暮らしていますが、あまり足腰が強い方ではないですし、私も、名古屋の学校へ通っていて、母も仕事で出ているので、家族共通で避難する所だけは同じ所を設定しておいて、もし仕事先とか学校に行っている時でも、とりあえずその場で避難をしてから、後々決めた場所で合流しようと決めています。

(市長) 非常に素晴らしい取り組みだと思います。避難場所を決めるとか後で必ず連絡を取り合おうという話をしていただいているご家庭は少ないと思いますので、ぜひそういった取組みをお友達にも勧めていただけたらと思います。ちなみに家具とか家電製品の転倒もたくさんありますので、お父さんお母さんは日々仕事に追われてでき来ないことも多いと思いますので、若い皆さん方が中心になって気が付いたところから対策を進めていただけたら、すごく良い防災のまちづくりに繋がっていくと思います。今、各地区市民センターや小学校に同報の防災無線を設置して、地震や津波がきた時に皆さん方にお知らせができるようにしています。どんな時に何がくるかということが分からなければ逃げる事もできませんので、そういったハード整備をしています。その次にFMラジオなどで情報を聞く習慣も身に付けていただきたいと思います。スマートフォンなどでは情報が取りづらくなると思いますので、アナログですがラジオなどを近くに置いておくとか、おじちゃんおばあちゃんには、そのチャンネルを設定して置いてあげたりといったことを皆さんから進んでやっていただけたら、もっと良いと思います。  あと免許は持っていますか。交通安全について、年末年始は事故が増えていますが、交通ルールはしっかり守っていただきたいと思います。車の運転について気を付けていることや、いざ車を運転してみて思った事とか、鈴鹿は死亡率、事故率が多いところですので、高齢者の方の事故も多いですが、初心者の皆さん方との接触事故も多いので、いざ車を運転してみて、どんな変化があったなどご意見きかせてください。

(参加者) 気を付けていることは、夜道などで真っ黒な服装でランニングしている人がいるのですが本当に危なくて、自転車も無灯で走られると近くに来るまで全然分からないです。私もよくランニングしていますが、イヤホンを付けて走っているとすごく危ないので、反射材を付けて走る事を心掛けています。あと、私の中学で1人亡くなられた人がいて、後部座席に座っていて、急ブレーキをかけて前に突っ込んで亡くなられたのですが、身近でそういう事故があると、本当に気を付けなければいけないなと思います。

(参加者) 今までは、歩行者や自転車に乗っている立場だったので、自分で車に乗ってみると、こんな風に感じるんだ、自転車に乗っている時は自分本位に乗っているだけでしたが、車道を走るのもこんなにはみ出したら車の邪魔なんだなとか、初めて車に乗って分かる事があって、狭い道で小さい子が死角に入っているのにバックしそうになるので、どんな時でも、もしかしたら小さい子が出てくるかもしれないと思いながら確認するようにしています。

(参加者) 半年程前に、車で学校へ行く途中に交差点で車同士でぶつかってしまって、右から突っ込まれた形で、ちょっと打ちどころが悪かったら、自分に車が突っ込んでいたので、その事故以来、まわりの左右確認をしっかり心掛けています。

(参加者) 私は、あまり車に乗りませんが、乗る時は親の8人乗りの大きい車を借りるので、曲がる時も思った以上にスペースが必要なのできょろきょろしながら走っています。でもちょっと油断してしまうところがあったり、気にしているのに気が付かない事もあって、ぶつけかけた事があって、人や車ではなくて物だったのですが、車校を卒業してすぐだったので、車が思った以上に大きくて曲がり切れませんでした。今は大きい車に乗っているんだという自覚を持って乗るようになって、だんだん感覚が身に付いてきたのですが、慣れてきたところなので、また危ないなと思い気を付けようと思っています。

(市長) 車は歩行者に対して大きな凶器になってしまうことはよく分かっていただいていると思います。鈴鹿は交通事故が非常に多いまちなので、皆さん方一人一人の注意がすごく大事になってくると思いますし、今までは、歩行者の立場だったのが車を運転する立場に代わって、まちの様子が変わったのが分かってきた、どこの交差点が危ないとか、どこの道が細いということも分かっていただいていると思うので、ぜひそのような注意、緊張感を忘れないでいただきたいと思います。それから、歩行者はなるべく反射材を付けていただきたいと思いますし、イヤホンもまわりの音が聞こえないので、とても危険です。実際それで事故をされている方もたくさんいらっしゃいますので、できる限りそういったことのないように、ちゃんとまわりの様子が判断できるように心掛けてほしいです。ただ、それが分かっていただいている新成人の方なんだなと、あらためてよく分かりました。
 小学校の学校区などで、いろんな所にグリーンベルトがひいてあるのはご存じですか。小学校の近くに道路をグリーンで塗ってある所があって、それをグリーンベルトと言います。そこが小学校や中学校の通学路になっています。そういったことを今、鈴鹿の中で、しっかり進めさせていただいていて、子どもたちの安心安全、特に通学時の車の飛び込みの事故など、いろいろな事故が増えていますので、そういった事故を減らすためにも色分けをしながら表示をしてありますので、そこを通った時には、気を付けていただきたいと思いますし、これからは指導者の立場になってくるので、子どもたちにグリーンベルトの上を歩くような指導を、ぜひお願いしたいと思います。
 あと、地元の自治会と小学校、教育委員会が点検をしていただいて危険箇所のマップも作っています。※※※※君から通学路に歩道が無い所は危険なので、歩道の設置をお願いしますと、ご意見もいただいていますが、なるべく歩道は設置をしたいと思っていますが、道路幅の事情などで設置できない所はグリーンベルトを引いたり、あるいは地域の方が旗を持って立っていただいたりしています。ほとんどの学校で危険箇所マップを作っていただいて、地域の皆さん方に危険な場所をお知らせしています。特に大学生は、地元にいる時間よりも外にいる時間が増えてくるので、通学や通勤に車を利用する人が多くなってきますので、ぜひ今、言っていただいたような、歩行者の時の立場も忘れずに、運転者の立場になって交通マナーをしっかり守っていただきたいと思います。
 さて、気持も和んできたところで、何か聞きたいことはないですか。防災、交通安全の他に何かあったらどうぞ。日頃、利用している鈴鹿市内の公共施設に対してのご意見ありますか。
 家で、お父さんお母さんとよく話をしますか。※※※※さんは、家の方に実行委員会を勧めていただいたということですが、みなさん会話はありますか。私の息子が来年成人式です。今、大学1年生ですので、今日は、息子たちと話をしているような感じがして、何を喋ったらいいのか緊張しています。どんな事を皆さん方の世代は思っているのかと楽しみにしてきました。来年は成人式の会場に、自分の息子のお友達とかいるのかと思うと、違った意味で緊張感を覚えます。※※※※君は※※※※中学出身ですが、※※※※中学は校舎が新しくなりましたがどうですか。

  (参加者) 実行委員会で母校を訪れることがあったのですが、私たちが卒業したのは旧校舎で、綺麗になったのは嬉しいのですが、自分たちが部活をした所などが、今は全く更地の状態になっているのを見ると少し寂しい気がするのですが、新しい所でも自分たちの後輩が、部活やいろいろ頑張っているので、いいのかと思っています。
 また、※※※※のまち中は意外と道が狭く、先ほど交通安全の話にもありましたが、私が中学3年生の時に後輩を部活の朝連に行く時に1人亡くしています。道路の死角というものを車に乗るようになってから気付くようになって、中学、高校の時は、自転車に乗っていたり歩いていて、死角の所でも気にせず出ていましたが、それは今になって分かったことで、朝の時間帯は、冬場は特にカーブミラーも見えないし怖いと思います。

【私の二十歳の頃について】
(市長) 私の二十歳の時の話をしてほしいというご意見を事前にいただいていますが、20年前はどうだっただろうと一生懸命思い出してきました。今、42歳なので22年前になります。生まれた年は、1970年で大阪万博の年です。中学校の修学旅行は、つくば万博が開催されていて、ディズニーランドに行きました。中学、高校、短大、ママさんとソフトボールばかりやっていて、高校の時にはソフトボールで全国大会に出場しました。そんな学生時代があって、その後、短大に行って庭師になろうと思い、室内でも緑化ができるような、外の緑だけではなくて、その頃はたくさん高層ビルが建設されている時代でしたので、そんな中でも緑や自然を大切にしたいと思い勉強をして、二十歳で就職しました。さて、その頃の私と皆さんと何が違うだろう、何をしていただろうと考えると、私は、21歳で結婚しましたので、二十歳の時には仕事をしながら、ひとつの家庭を持つということに対していろんな思いがあった時代だったかと思います。
 隣りの部長にも聞いてみましたが、もう忘れたと言っていました。二十歳の時は、それほど皆が前を向いて、振り返ることなく一生懸命生きていたんだと思います。ただ、そんな中で、先ほどからみなさんが言っていただいているような、地域のこととか、家族やボランティアという言葉が出たかというと、なかなか出なかったと思います。皆さん方は、阪神淡路や東日本大震災を体験した年代であり、リーマンショック以降、不況も経験されてきて、就職活動に対してもとても慎重になっていただいて、いろんなことをしっかり考えて行動していただいていると思います。それが、先日の成人式も、それぞれお喋りする方はみえても、人の話はみんなが真剣に聞いていただいた、パフォーマンスもちゃんと見ていただいた。そんな年代なので、これからますます、今まで経験してきたことをプラスにしていただけたらと思います。
 それでは、部長の二十歳の頃はどうでしたか。

(生活安全部長) もう40年前になります。私も学生をしていまして、私たちの時代は、入学した時には学生運動が盛んで、1年の時はほとんど学校に行ってないような状況でした。成人式も参加しましたが、今のような実行委員会方式ではなくて、市の企画した式典ということで、多分、市民会館のロビーで同級生と話をしていたような記憶があります。その後で、中学の時の恩師の所へ押しかけました。それと、大人としての自覚というのは、22歳で市役所へ就職してから、いろいろ自覚するようになったと思います。格好の良い言い方をすれば、学生時代は青春を謳歌していたと思います。大学は、社会勉強の場でもあると親に言って行かせてもらっていました。それと、地域への関わりは、今みなさんが言われたような事は全くやってなかったような気がします。結婚して子どもができてから、子ども会などを通じて地域と関わってきたという気がします。あとは随分経ってからソフトボールの同好会に入ったり、農業もしていますので、親の代わりにそういったところへ出て行くようになって地域との関わりができました。子どもができたのは26歳ですので、それ以降だと思います。なかなか二十歳で、みなさんのようにしっかりした考え方を持って生きていなかったと思います。

(市長) ひとつの節目でありながら、ひとつの通過点であるのが二十歳だと思いますので、いろんな事で二十歳を境に変わります。お酒やたばこ、就職する方もでてきて、いろんな事で変化がある年なので、本当に大事にしていただきたいし、振り返った時に良かったと思えるように謳歌していただきたいと思います。何年か経って、みなさんがずっと鈴鹿にいて欲しいけど、いろんな事情があって鈴鹿を出なければならない時に、何年か経って、鈴鹿はいいまちだな、やっぱり自分が生まれた故郷だなと思っていただけるような、そんなまちづくりをしていこうと思いますが、みなさん方にもぜひ協力していただきたいと思います。高齢化がどんどん進んできて、みなさん方のような若い世代は地域にだんだんと少なくなってきています。これは鈴鹿市に限らずですが、地域づくり協議会や行政だけではできない活動をしようと思った時に、みなさん方の責任がどんどん大きくなってくるし、役割を担っていただかないといけないと思いますので、特に鈴鹿市の行事の実行委員会に二十歳の時に携わっていただいたという経験を今後益々活かしていただきたいと思います。
 鈴鹿の好きなところとか、他市と比べてこんなところが有名だとか、サーキットがあるので、モータースポーツはとても有名で、本市はモータースポーツ都市宣言をしていますので、モータースポーツについて関わりが大きい市ですが、そんな中でシティーセールスをいろいろやっています。鈴鹿で思い入れの深い所を教えていただけたらと思います。1人1カ所ずつお願いします。

【鈴鹿の好きな所について】
(参加者) 私が鈴鹿の好きな所は、母がもともと※※※※の育ちで父は下関の育ちですが、下関に帰る時も、鈴鹿は交通の便が良いので、すんなり帰ってこれます。良い所は、サーキットもそうだと思いますが、サーキットがあるから交通の便が良いので、そんなところが好きです。

(参加者) 一番最初に思い付いたのは、やはり鈴鹿サーキットです。もともと私は、車が好きで小さい時から車に親しんでいました。今はF1の方からホンダが撤退してしまいましたが、ホンダが最後の年にF1を観せてもらって、何かレースがあるごとに家まで音が聞こえてくるので、そんなところが良いと思います。

(参加者) 全部好きですが、旅行に行って帰ってくると、ああ、鈴鹿に帰ってきたなと思うと安心しますし、地元という温かさがあると思います。鈴鹿と言えばサーキットというイメージが自分の中でも大きいのですが、サーキットには小さい時にしか行っていなくて、今は、あまり関わりがないのですが、レーシングコースを自家用車で走れるというイベントの時に、一度祖父母と一緒に私の車でレース場を走ってみて、こんなところを走っているんだな、すごいなと感じました。あまり車に興味はありませんが、レース場を走れるような、サーキットに触れ合えるようなイベントがあるのは、鈴鹿の良いところだなと思います。

(参加者) 大学1年生の時に、学校の寮にいましたが、2カ月や3カ月ぶりに帰ってきた時に、ほっとする感じは地元なんだなと思いました。サーキットの話では、私は、鈴鹿シティマラソンに毎年出場させていただいています。今回はハーフマラソンに出場しましたが、ハーフマラソンは外に出るので、沿道で地域の方が応援してくださって、お祖父さんお祖母さんがすごく応援してくれて、とても温かさを感じました。あと、鈴鹿を代表する所ではイオンモール鈴鹿もあります。大きくなってきているので、これからもっと都会になっていくのかと期待しています。

(参加者) 愛知県の大学の教育学科へ行っていますので、愛知県の小学校へ行かせてもらうことがありますが、自己紹介をする時に鈴鹿サーキットを知っている人と尋ねると、クラスの7割くらいの子が手を挙げてくれて、鈴鹿から来ましたと言うと、みんな知っていると言ってくれるのはとても嬉しく思います。
 あと、私は※※※※に住んでいて、※※※※は狭くて、近くに祖母も住んでいるので余計に知っている人が多いのですが、小学校の時は、登校も下校時も、地域の方が、行ってらっしゃい、お帰りと言ってくれるし、知っている人知らない人関係無く、通りがかった人に声を掛け合っているので、そこはすごくいいなと思います。

(参加者) とても自然が好きで、鈴鹿は山も海もありますので、小岐須渓谷は毎年夏に行かせてもらって、今の歳になっても虫取りがとても好きなので、虫を取りに行ったり、川魚を獲りに行って家で飼ったりしています。海もこの時期だとハゼがとても釣れるので、海へは自転車で5分で行けるので、釣ってきて家で食べるというのが自分の中での毎年の恒例行事になっています。そんな自然に恵まれていることが鈴鹿の良いところだと思います。

(参加者) F1などのレースがある時に、国内のいろんな所や世界中から人が集まってきてくれるというのが一番嬉しいです。車で走っていても、いろんな県のナンバーや、F1が好きなんだろうなという感じの外国人の方が歩いているのを見ることができるので、そういう時には鈴鹿に住んでいて良かったと思います。

(参加者) サーキットですが、家にいてレースの音が聞こえると、鈴鹿にいるんだと思うし、あと、秋には学校に行く時に、空を見たら気球が飛んでいたり、そういったことが落ち着くというか、小さい時から鈴鹿で育ったので、それが落ち着きますし、天気の良い日は、山が綺麗に見えるし、海もあります。周りの人ものんびりして温かいから好きです。

(市長) 今、言っていただいたように、鈴鹿市は自然が本当にたくさんあって、山あり、海あり、川ありという珍しい所で、自然と、自動車産業を始め、いろんな工業も誘致しています。あと農業も盛んであるのが鈴鹿市です。 特にお茶は、三重県の中でもナンバーワンの生産量で、学校でも習ったと思いますが、椿や山本の方はお茶の生産地です。あとは、養鶏も県内でナンバーワンで、一番多い時で186万羽ほど飼っていたと思います。三重県民186万人で鈴鹿の鶏が186万羽ですので、1人1羽食べていただいても大丈夫だというくらいです。あと、植木も頑張っていますが、今までサツキをしていた所が、だんだん需要が減ってきて、サツキを大麦若葉に代えたり、黒ぼくニンニクに代えたり、農業も頑張って新しい物を作り出そうとしています。漁業も非常に盛んな所で、魚魚鈴(ととりん)に行ってもらうと、たくさんの方がいろんな所から買い物に来ていただいています。また鈴鹿で作っていただいたお米、お茶、野菜、鶏肉や魚を給食に取り入れていこうと地産地消運動も行っています。農業、工業、漁業、自然がバランス良く発展してきたのが鈴鹿というまちで、「緑の工都鈴鹿」とホームページなどにも書いてあると思います。
 先ほど、交通の事もお話がありましたが、新名神高速道路が平成30年に開通をすると言われています。そうすると、関西圏からどんどん観光客の方が来ていただくようになって、非常に発展をする地域であると言われています。そういう意味ではポテンシャルがあがってくると思いますので、そこに鈴鹿の下り口のスマートインターチェンジをつくろうとする運動も一生懸命しているところです。車もそうですし、特急が停まる白子駅もありますので、交通の便では、名古屋圏からも関西圏からも近くなるので、非常に住みやすいまちだと言っていただいていますので、私としては、それをもっと発展していくように努力していかなければならないと思っています。みなさん方がご家族を持っていただいたり、子どもさんができる頃には、鈴鹿の様相が変わっているかと思います。
 もうひとつは、サーキットがありますので、国際色が非常に豊かで、自動車産業や6次産業が盛んで、外国人の方々もたくさん来ていただいています。みなさん方も多文化共生を勉強していただいたかと思いますが、鈴鹿市には59カ国の方たちがいらっしゃって、各小学校中学校でも配慮させていただいています。本当に外国の方が多いのも鈴鹿市の特徴です。あと、ミャンマーの難民キャンプから3家族が椿へ来ていただいて、第三国定住ということで、鈴鹿をみなさんの故郷にしていただこうということで、来ていただいて、鈴鹿モデルということでやっています。
 そういった国際色豊かな多文化共生ができて、自然とバランスのとれたまちになっていると自負しています。これをいかに良くしていくかということは、これからの私たちの仕事であり、地域をみなさん方と一緒につくりあげていくということが、みなさん方に課せられた責任だと思います。鈴鹿市まちづくり基本条例というものを、12月1日に制定しました。この中には、市民のみなさん方の役割も謳ってありますので、これから成長していくにつれて、まちの事や行政にも興味を持っていただいて、参加していただけたらありがたいと思います。あと、男女共同参画都市宣言をしました。男性も女性もそれぞれが個性を活かしながらいきいきと仕事や生活ができるまちづくりをしましょうということで都市言をしていますので、またそういったことも勉強していただけたらと思います。
 今、道路事情も良いと言っていただきましたが、鈴鹿市は三重県の中でも道路事情が遅れていて、いろんな所で渋滞もたくさんします。渋滞を緩和させましょうということで頑張っていて、これから中勢バイパスや北勢バイパスも開通していきます。より道路渋滞が無くなるよう頑張っています。そうなると、まちの様相も変わってきますので、車の運転とかまちづくりのこととか、また真剣に考えていただかないといけない時がくるかと思います。あと、スポーツも国体が33年に三重県にきますので、スポーツ施設整備もしていきますので、だんだん良くなっていくと思います。スポーツガーデンのサッカー場もJリーグがくるように、改修しようとしています。30年頃までには進むと思います。
 F1の関係で全国からたくさんの方が来ていただいて、揺るぎない知名度を持っていますので、これを活かしながら、これから観光戦略などもしていきたいと思います。そのひとつとして、先日の成人式の時にも、鈴鹿の都市イメージキャッチコピーを投票していただくように、会場の中で企画課の方から宣伝させてもらって50数人に投票していただきました。5つ程キャッチコピーの候補があがっていますので、そこから選んでいただくわけですが、小学生から投票ができますので、自分たちの鈴鹿市はどんなイメージかどのキャッチコピーがいいかということを、ぜひひとり1票投票していただきたいと思います。インターネットや郵送、ファクスでも大丈夫ですので、みなさん方にはぜひ1票ずつ入れていただいて、どんな都市イメージキャッチコピーがふさわしいかと考えていただけたらと思います。記念品として抽選で、鈴鹿の抹茶スィーツ1年間分など考えていますので、鈴鹿はお茶の生産が盛んな所ですので、お茶をいろいろ資源として活用して、お菓子にしたりしています。今、ブランド化も一生懸命考えています。
 バルーンのこともお話いただきましたが、もう20年やっていますので、鈴鹿のいろんな行事やイベントが、みなさん方の成長の過程で定着していたり、自分たちの生活のひとつに加えていただいているんだということが、すごく嬉しく思いました。バルーンにしても、サーキットのイベントや、シティマラソンもそうですが、鈴鹿市内でのイベントにいろんな形で参加もしていただいて、またスタッフとして参加してもらって、そんな中でこれからずっと続けていきたいと思っていますので、いろいろな所で少しでも興味を持っていただいて、鈴鹿市の事を忘れずにいていただきたいと思います。
 最後に、これだけは言っておきたいというような事はないでしょうか。あとは、来年の成人式に向けて、試したらどうかと思う事とかあればお願いします。

【成人式の反省点と今後について】
(参加者) 来年の実行委員の方がどうするか分かりませんが、会場に入っていただいた方に実行委員が挨拶ができたら、もっとみんなを近くに感じることができたと思います。当日、私たちは、来賓の方を案内したり、いろんなことで忙しいのですが、冊子を渡す時に、私たちが渡すのではなく、地域の方が渡していただくのも良いことですが、自分たちで渡せたらどうなるんだろう、どうなっていただろうと思います。自分たちが来てくれた人に直接渡すことで、みんなの笑顔も見れたと思うし、意見も聞けたと思います。運営の立場だと直接参加者の感想を聞けない部分もあって、私自身、今回の成人式について、みんなからまだ感想を聞かせてもらっていなくて、委員長さんお疲れさまという言葉は聞けましたが、成人式のことについては聞けなかったので、意見ボックスなどを設置したら、より良い成人式ができたのではないかという思いがあります。

(市長) 一緒に実行委員会にお付き合いさせていただいた先生も来ていただいていますので、先生の方からも一言いただけたらと思います。

(生涯学習課職員) 委員長の方から、いろいろ感想を出していただいて、来年度に向けて意見箱を設置した方がいいとか、本当は冊子を自分たちで配りたかった、と生の声を聞かせてもらって、そうだったのかと思うところもたくさんあります。成人式が終わった次の日に、反省会をしていろいろ意見は聞かせてもらったのですが、やはり一週間経った後に聞くと、そういうように感じる部分もあるのかと来年度の参考にさせていただきたいと思います。
 実行委員の10人に関しては、5月から非常に長い期間、月に3回も4回も実行委員会をする時もありまして、名古屋の方へ通っている子たちや、地元にいない子たちも7時や7時半の実行委員会の開始時間に間に合うように駆け付けてきてくれました。これは、例年そうですが、初め集まった時はバラバラな感じでスタートするのですが、だんだん回が進むごとに、まとまってきているな、仲良くなってきたなと感じる部分もありまして、だんだん話し合いが深まっていくにつれていろいろなアイディアも出してくれたり、こちらでは思いつかないような、新成人ならではの話やイベントについてのアイデアをいただきながら、こちらの方も出来る限り後ろから支えさせてもらうということで、最終的には成人式を立派な物にしていただいて、実行委員会の皆さんに対しては、お疲れさまということと、ありがとうという気持ちでいっぱいです。
 やはり1年やってもらって出てきた感想や、こちら側も、やってみて初めてこんな風にしてあげればよかったなと気付くことが多くて、それをまた来年の実行委員とも話し合いをしながら、成人式が年々良くなるようにと思います。また、実行委員が出してくれた反省などもすごく貴重な意見なので、次の実行委員にも受け継ぎながら、年々いい成人式になっていけばいいと思います。実行委員会のメンバーは、これからOBとして、今年はこんなことを考えたのかと思いながら見てほしいと思いますし、せっかく集まって仲良くなったメンバーですので、これからも付き合いをずっと続けていってもらったり、仲間として、25年成人式のOBということで関係が続いていくと非常にありがたいと思います。

(市長) 本当に、みなさんお疲れさまでした。鈴鹿市からは1,985名の新成人が誕生しました。その中で、その代表として5月から長い間1年近くかけていろいろな取り組みをしていただいたことを本当に感謝したいと思いますし、今、言っていただいたように、これからもまた後輩を見守っていただくような立場の中で、ぜひ実行委員会との付き合いも続けていただけたら嬉しいと思います。
 それと成人をしましたので地域の住民であり、ひとりひとり鈴鹿市民であるということをしっかりと認識していただいて、今後それぞれの生活の中で、学校、就職と目標があると思いますが、その中でそれぞれの責任を果たしていただければと思いますし、あとは、みなさん方の鈴鹿に対しての誇りや自信というものも忘れずに、みなさんが広げていただけるような、そんなまちづくりを私はしていきたいと思います。北海道や九州に行った時に出身がどこか言えなかったということがないように、三重県の鈴鹿ですと言えるように、誇りが持てるような、みなさん方が夢と希望を持ってしっかりとこれから歩んでいただけるような、そんな鈴鹿のまちづくりをやっていきますので、また、いろいろな所でお会いする機会があると思います。この機会だけではなくて、この先、どんどん成長されるにしたがい、いろんな所でお会いする機会が増えてくると思いますが、その時にもぜひ声を掛けていただいて、あの時は、こう思ったけどここは直した方がいいということがあれば、また教えていただければと思います。
 今後ますます、みなさん方が鈴鹿の住民として住みやすい、それからここで良かったなと思ってもらえるように、私ども行政は頑張っていきますので、ぜひ今後ともよろしくお願いします。
 先ほどもお願いしましたが、キャッチコピー、交通安全、防災、またはいろいろな地域活動に、ぜひ参加をしていただいて、より良い充実した20代を過ごしていただけたらと思います。あまり無理をせず、何かあったらまわりにたくさん仲間や先生がいます。分からないことがあったら、行政に来ていただけたら、何かのお役に立てると思いまので、今後、みなさん方が築いていただく鈴鹿市ですので、未来に向けて一生懸命サポートしますので、ぜひよろしくお願いします。今後も、目標や夢に向かって頑張ってください、何かあったらぜひお越しください。

※この会議録は、要約しています。