市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング

●●●第2回「青少年ベルフォンテン市派遣団経験者」


■とき 平成23年12月27日(火曜日)14時〜16時
■ところ 市役所本館6階 庁議室
■参加者 青少年ベルフォンテン市派遣団経験者11人(男性3人、女性8人)、市長、教育長、生活安全部長
【今回の鈴鹿(まち)づくりミーティングで出た主な意見】
・派遣事業に参加した感想
・参加して自分が変わったと思う点
・派遣の経験をどのように活かしているか
・多文化共生のまちづくりについて
・派遣事業についての意見

1 開会のあいさつ(事務局)
 ただ今より、「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」を開始させていただきます。今年の5月に末松市長が就任しまして、市長の施政方針の中に対話と協働を掲げていまして、市民と市長との直接対話の大切さを感じています。さらに本年からは、「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」と名称も一新しまして、いろいろな活動団体の方との対話の場を企画していくこととなりました。そうした中で、今年度2回目となりますが、ベルフォンテン市への派遣事業へ参加された皆さんとの意見交換の場を設定させていただきました。それではまず、末松市長よりご挨拶をさせていただきます。


2 市長あいさつ
 あらためまして皆さんこんにちは。鈴鹿市長の末松則子です。今日は、鈴鹿(まち)づくりミーティングにご参加いただきまして本当にありがとうございます。私が、今年の5月に市長に就任して以来、早いもので7カ月目を迎えました。自分自身の思いも含めて、「市長と話そう!鈴鹿(まち)づくりミーティング」と名称も変えました。名称を変えただけではなくて、内容も変えていかなければならないと思っていますし、ざっくばらんに皆さん方のお話が聞けるのではないかと期待をしてまいりましたので、よろしくお願いします。今年度、この鈴鹿(まち)づくりミーティングは2回目になります。鈴鹿国際交流協会が友好親善と青少年の異文化体験のために実施しています、友好都市ベルフォンテン市への派遣生の方々と直接お話をさせていただくということで、今日は大変若い方々がお越しいただいていますので、わくわくどきどきできるのではないかと思っています。
 鈴鹿市とベルフォンテン市では友好協定を締結して今年で20年目を迎えることになります。私より、行っていただいた皆さんの方が、この歴史をよくご存知かと思いますが、その友好協定20周年を記念して、今年7月には20年のあゆみ展としてパネル展示を実施しました。また9月にはベルフォンテン市の市長さんが鈴鹿市をご訪問されまして、記念すべき年にふさわしい年となりました。青少年派遣事業も協定締結前から長きに渡り実施しており、20周年の記念事業の一つとして、今までの振り返りも含めて、皆さん方にご参加いただいたところです。
 事業開始当時は、中学生の皆さんを対象に市の教育委員会が実施しており、国際化推進事業として進められていましたが、近年では、多文化共生社会の実現につながる多文化理解、国際理解の意味を加え継続的に実施している事業です。今回は、鈴鹿国際交流協会に事業が移ってからの派遣生の方の中から、各年度のリーダー的存在であった皆さん方にお声掛けをさせていただきましたので、積極的にご発言いただけると思いますが、1、2度お会いした方もみえますので、リラックスしていただきながら緊張せずに会を進められたらと思います。どうぞ活発な意見交換をしていただくよう、皆さんのご協力をよろしくお願い申し上げ、冒頭のご挨拶に代えさせていただきたいと思います。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。


3 事務局概要説明(略)
 


4 参加者自己紹介

(参加者) 平成14年度ベルフォンテン派遣にリーダーとして参加しました。※※※※と申します。現在は26歳で、県外のメーカーに就職して研究開発等を行っています。鈴鹿市には、1995年から2000年まで通学のために籍を置いていまして、その時にこの事業を知り参加させていただきました。本日は、どうぞよろしくお願いします。

(参加者) こんにちは、はじめまして。※※※※と申します。今は、大阪の商社で働いています。アメリカ産の豚肉を扱っています。私も平成14年度の派遣事業に参加させていただいて、鈴鹿市には生まれてから高校卒業するまで住んでいました。今日はよろしくお願いします。

(参加者) 皆さんこんにちは。私も平成14年度のベルフォンテンへの派遣に参加させていただきまして、中学校3年生の時に参加させてもらいまして、高校は鈴鹿市外の高校に出まして、大学は関西方面に出て、最近鈴鹿市に戻って来まして、今は※※※※で働いています。よろしくお願いします。

(参加者) 平成20年度の派遣事業に参加させていただきました、※※※※と申します。当時は高校2年生の時に参加させていただいて、現在20歳になります。今も三重県内に住んでいて、※※※※学校に通っています。今日は、他の年度の皆さんのベルフォンテンの体験も聞けるということで、楽しみに参加させていただきました。よろしくお願いします。

(参加者) こんにちは。今、※※※※高校2年生の※※※※です。平成20年度に派遣事業に参加させていただきました。姉と中学2年生の時に参加したのですが、とても楽しかったので、他の年度の方の楽しいお話も聞かせていただけたらと思っています。お願いします。

(参加者) 平成22年度に派遣事業に参加させていただきました、※※※※高等学校3年生の※※※※と申します。来春より※※※※大学への入学が決まっています。先日、入学事前指導のため大学の方へ行き、3日間過ごしてきました。この鈴鹿とベルフォンテンとの交流に行った後、大学に行っても海外との交流をしたいということで、大学に行ってから海外への留学も考えています。

(参加者) ※※※※高等学校1年の※※※※です。同じく平成22年度にベルフォンテン市への派遣に参加しました。その時は、中学3年生でしたが、とても貴重な体験ができたと思っています。

(参加者) 平成22年度に派遣事業に参加させていただいた※※※※高等学校3年※※※※です。私は、ベルフォンテンに行って帰ってきてからも、ずっとホストファミリーの方と交流を続けています。今日は、皆さんの意見も聞けるということで、楽しみにしています。本日はよろしくお願いします。

(参加者) はじめまして、こんにちは。※※※※高等学校3年生の※※※※です。※※※※大学への入学が決まり、2年後に留学も予定しています。応用生物化学を専攻していますが、そこでもっと化学のことを学びたいと思いその大学を決めました。また、今でもホストファミリーの方とは、クリスマスメッセージ交換をしたり、スカイプなどで会話をしたり交流を深めています。本日は、皆さんの意見をいろいろお聞きしたいのでよろしくお願いします。

(参加者) こんにちは、今年度の青少年ベルフォンテン市派遣事業に参加した、※※※※中学校2年の※※※※です。中学校では、ソフトボール部と生徒会に入っています。この派遣事業については、家がご近所の※※※※さんからお話を聞いて知りました。私の好きな事は、ピアノを弾くこと、ギターを弾くこと、食べることですので、アメリカで流行っている音楽や食べ物にとても興味があり、試験を受けることを決めました。今日は、皆さんとの懇談会で聞けるお話をとても楽しみにしています。よろしくお願いします。

(参加者) 平成19年度(2007年)より引率をさせていただいております、※※※※でございます。例年2月からベルフォンテン行きの準備が始まりまして、8月に出掛けます。そして帰って来てからも、市長への帰国報告他、リポート作りがありまして、だいたい年内一杯までこの事業に関わっています。この事業を通してたくさんの生徒さんたちと出会えることが私にとって本当に嬉しいことであり、幸せなことだと感じています。今日は、私が担当する前の生徒さんたちのお話も伺えるということで、とても楽しみにしてまいりました。
 そしてちょっとお時間をお借りして、今日出席する予定だった※※※※という子がいますが、彼女の紹介だけ私の方からさせていただきたいと思います。平成19年度に参加した※※※※さんですが、彼女は、このベルフォンテン事業で行った時は、ホストの皆さんと全く満足にコミュニケーションが取れずに、ずいぶんへこんで帰ってきました。それはそれで貴重な経験だからと本人も受け止めて帰ってきたのですが、今年の初めに鈴鹿国際交流協会の事務所に訪ねて来てくれて、「私、リベンジで行ってきます」ということで、再度オハイオ州に留学に行きました。それで、今日この場に出席するのをとても楽しみにしていたのですが、アメリカでの生活がどうしても名残惜しいということで、少し延長になりましたので、今日この場に来ることができませんでした。皆さまによろしくお伝えくださいということです。あと、他にも、いろんなOBの方に連絡を取ったのですが、英語を猛勉強して克服しましたとか、カナダに再留学しましたとか、スペインに行って今年から翻訳の仕事を始めていきますとか、中国に留学した後、またアメリカに渡って1年働いて帰って来ましたということで、協会の方へボランティア登録に来てくれた子もいて、連絡を取ってみると、皆さん頑張っているんだなとうれしく感じています。本日はよろしくお願いします。

(事務局) ありがとうございました。もう一人、今回出席される予定で、平成9年度に参加された※※※※さんという方がみえますが、昨日急きょ、お仕事の関係で欠席されることになりまして、メッセージが届いていますので、簡単にご披露させていただきます。※※※※さんにつきましては、平成9年に※※※※中学3年の時にベルフォンテン派遣団のリーダーとして参加されました。この体験をきっかけとして、高校生の時もオーストラリアにホームステイに行かれたり、大学生の時にはロンドンで英語を学ぶために学校に通われたり、海外留学を積極的に経験されました。大学の卒業時に、海外の仕事を希望されていたこともあって、※※※※に入社されまして現在に至っているということで、現在29歳の青年です。本日は非常に残念ですということで、このベルフォンテンへの派遣は、自分自身のその後の人生に大きな影響を与える経験をさせていただいた、というメッセージをいただきましたので、ご報告させていただきました。
 それでは、今から※※※※さんからベルフォンテン市の現況等をご説明いただきますので、スクリーンの方をご覧ください。
(ベルフォンテン市の現況を投影しながら、今までの派遣事業の説明)
 ありがとうございます。それではこれよりミーティングの方に入らせていただきます。司会進行は末松市長がさせていただきますのでよろしくお願いします。


5 意見交換(ミーティング)
(市長) 今、紹介のスライドを見せていただいてありがとうございました。出発式や帰ってきてからの報告など、特に今年はいろんな所で皆さんと交流させていただいて、あらためてこういう目的を持ってそれぞれベルフォンテンに行っていただいているのだということを感じました。鈴鹿の良さだけではなく、日本の文化とか風習を、皆さん方が代表してベルフォンテンの皆さんに伝えていただいているということが、さらにスライドを見せていただいてよく分かりました。今日は、いろんな年代の方がいらっしゃいますが、どういうきっかけでこの事業に参加をされたか、それぞれ違うと思います。なかなかアメリカと友好提携しているとか友達がいるからといっても、参加するには勇気がいると思いますので、その辺から聞かせていただければと思います。

【派遣事業に参加した感想】
(参加者) 私は、高校1年生の時に行きましたが、友達にこういうのがあるよと言われて、友達と試験を受けたのがきっかけです。残念ながら一緒に受けた友達は落ちてしまったのですが、私自身、前から海外とか英語に興味があって、ちょうど友達にこの派遣事業を教えてもらって行くことになりました。

(市長) 先ほど見ていただいたスライドは19年以降の分ですが、14年とは研修の仕方とか準備はずいぶん違いますか。

(参加者) フェアウェルパーティーで歌を歌って踊ったり、楽器演奏をしたりしましたが、それぐらいしかしていなくて、組みひもとか、うちわ作りとか、そんなすごいことはしなかったので、すごく進化しているなと思いました。

(参加者) 私も、10年ほど前なので記憶が定かではないのですが、おそらく10回も集まっていないと思います。まず、フェアウェルパーティーの準備と団員の交流を深めるために数回集まって、どちらかと言うと、日本のことを紹介するというよりは、私たちが向こうの現地に行って学びに行くという形態だったので、今の相互に交流するというように進化しているところは、すごくいいなと思いました。

(参加者) 妹と一緒に参加させていただきました。姉妹で興味があったので行きたいなとずっと思っていたのですが、私はその1年前に応募しようと思った時には、締め切りが終わっていて、来年は絶対と思って、二人で応募させていただいて参加できることが決まって、二人で一緒に行けたので、とても心強いというのもあったし、この企画に参加して友達もたくさんできて、今でも交流を続けています。アメリカに行ってベルフォンテンのホストファミリーの方だけではなくて、年代が幅広く学年の違う子たちと上下関係なく兄弟みたいに皆で楽しく学習したり、毎週集まって新しいことを学んだり、皆で話し合う機会を持てたという楽しい思い出が、私の中では大きいです。

(市長) 先ほどの自己紹介を聞いていると、結構、ベルフォンテンに行かれたことをきっかけに、商社へ勤められたりして活かされていると思いますが、こういう先輩方の意見を聞いて、最近行かれた方たちはいかがですか。

(参加者) 私は、まだ中学生で、あまりしっかりした考えは持っていないのですが、今、先輩方のお話を聞いて、今からだったら、まだ高校も考えられるし、大学も考えられるし、自分が向こうで学んできたことを活かすチャンスはいくらでもあるんだということが分かって、これからのことをちゃんと考えなければいけないという気持ちになりました。

(参加者) 僕はベルフォンテンに行ったのは、高校2年の時だったので、中学生で行かれている人を見ると、自分ももう少し早く行っていれば、高校大学の進路もすごく変わっていたんじゃないかと思いました。

(市長) 行って良かったからということで、ご近所の方に紹介もしていただいた※※※※さんどうですか。

(参加者) 私は、ベルフォンテンに行く前は、ものすごく不安があったんですが、行ってみたら、ホストファミリーの人とコミュニケーションを取る時に、自分がしっかり伝えたいという気持ちと、聞きたいという気持ちを持っていたら、ちゃんとコミュニケーションを取れるということが分かったし、それによって、これからいろんな国際交流にも参加していきたいという思いにもなれたので、行ったらいい経験ができるよということで勧めさせてもらって、実際に行ってもらって、いい経験をしてもらえて良かったと思っています。

(市長) 行く前はどきどきしていたけども、帰ってきてから変わったと、どの方からもお話いただきましたが、実際、向こうに行っている時はどんなふうでしたか。伺っていて、非常に楽しそうで、私も行きたいなと思ったのですが、向こうではどのような活動をしてみえたか、今年行かれたばかりの方から聞かせてください。

(参加者) 私は、よく早とちりをしてミスをしてしまうので、明日忘れ物をしないかとか、歌は大丈夫かとか、不安がいっぱいあるのですが、やはりホストファミリーの方が皆、優しくて心の支えになってくれたり、心強い味方になってくれて、ホストファミリーの温かさを知ることができました。

(参加者) やはり言葉とか人種とか違っても、人間なんだなととても感じました。向こうで見た夢が英語だったんです、今までどういう状況で生活してきたかとか、そういうことはあまり関係なく、なりたいと思うものにはなれるという思いが強くなりました。

(参加者) 私は、行っている間は、正直自信を無くす毎日でした。中学校3年生で行っていますが、きっかけは、中学校2年の時に仲の良かった子が、もともとオハイオに住んでいて、その子の家に遊びに行ったら、アメリカの物が置いてあったんです。周りに外国の方があまりいなくて、そういう意識がなく、今まで異文化に触れたことがなかったのに、その子の家に行ったら、見た事の無い世界が広がっていて、英語が喋れるその子の影響で、中学校2年の時に試験を受けて落ちて、もう一度、3年生で受けて受かったのですが、やはり英語は中学校で習う程度なので何も喋れないし、一応、辞書は持っていきましたが、言葉も出てこないからいちいち調べられないので、あまりコミュニケーションも取れなかったんです。先ほどのスライドで、帰る時に皆さんが泣いていましたが、私も実際泣きましたが、どちらかというと悔し涙だったんです。もう少し時間が欲しい、全然喋れなかったという悔し涙で、帰ってきてから後悔の日々で、行く前の準備期間も憧れだけで行ってしまったので、もう少し何をするか意識を持って行けば良かったなと後悔していました。でも、高校は英語科に進んで、英語に触れる3年間を過ごしたので、もう少し考えた方がいいというきっかけをもらったような気がします。

(参加者) 私は、一日目はすごく緊張してなかなか話せなかったのですが、二日目からは知っている単語だけでも通じるようになったのですごく自信が出てきて、帰ってからも学校の友達に積極的になったねと言われるようになって、中学1年生からスピーチコンテストに出ているのですが、ネイティブの先生にもスピーチの感じが全然違うと言われ、賞もいただくことができたので、すごくいい経験をさせてもらったと思っています。

【参加して自分が変わったと思う点】
(市長) 行く前と帰ってきてからと大きく自分が変わったなと思うところがあれば、教えていただけませんか。

(参加者) 一番変わった点は、大きな視野を持つようになったことです。今までは、やはり自分の目の前のことしか見ていなかったのですが、ベルフォンテンに行ってから周りの事に気を配れるようになったし、生徒会で2年生の時に会長をやらせてもらっていましたが、その時は自分の事だけしか考えていなかったので、あの時もう少し周りに気を遣えればよかったと気付かされました。

(参加者) 私が一番変わったなと思うことは、今まではひとつの視点から見ていただけで、その物事をそういうことだと、一回見ただけで、その物を決めつけてしまっていたところがあって、でも、今まで外国の人は少し怖いなと思っていたけど、ホームステイをしたことで、そのことが違うことが分かったので、ひとつの視点から見ただけで、その物事を全部そういうふうに決めつけてはいけないということを学ばせていただきました。学校の人間関係でも友達のことを、今まではこの人はこういう人なんだと自分の中で決めつけていたところがあるけど、ホームステイに行ってからは、他の視点から見ることができるようになって、その人の違う一面を見たり、優しい面とかいいところを見付けるようになったので、すごくいい経験になったと思います。

【派遣の経験をどのように活かしているか】
(市長) 大きな視野で見られるようになったとか、違う視点で相手の方に接することができるようになったということは、すごいことだと思います。今でも、実際に働いてみえる皆さん方は、ベルフォンテンに行ってから、これをきっかけで何か仕事に活かしていることがありますか。アメリカはとても大きいので、大きな視野で見れたり、広がりが持てるのかと思うのですが、日本も狭いわけではないのですが、飛行機に乗って異国の地に行って、アメリカという雄大な所で気持ちも考え方も開放的になるので、そういうことからも大きな視野で見られるとか、あるいは外国の方は大らかな方が多いので、特にアメリカは自由な国なので、そういう中で経験された事とか、今、活かしている事はありますか。

(参加者) 私は、中学の時に英語の教科が一番好きで、できれば英語を活かした仕事に就きたいと思っていたのですが、高校は理系を専攻しまして、今も理系の仕事をしています。私が行ったのは高3の時で、ちょうど自分の進路を考える頃だったので、ベルフォンテンに行ったことによって、自分の夢をちゃんと見つめ直すことができたというか、自分の進路について真剣に考えるきっかけになったと思います。ただ、自分が理系を専攻したので、その知識も活かしたいと思って最終的には理系の職業を選んだのですが、それで英語を使う機会が全然なくなったかと言えばそうではなくて、関連会社が世界にあるので、そことのやり取り、メールなどのやり取りは英語になりますし、研究発表会や展示会などでも英語でやり取りをする機会がたくさんあるので、高校の時に理系に進んだからといって、英語をおろそかにしないで、ずっと自分が勉強してきたことは無駄ではなかったんだということが、今、生きている上で自信になっているというか、自分が理系か文系かで決めてしまわないで、いろんなことを勉強した中で英語が大切だということは感じています。

(市長) 英語の必要性はいかがですか。

(参加者) 私も、もともと英語が好きで、大学も外国語系に進んで、留学もして、今、働いているところは海外とのつながりがあるのですが、英語は全く使っていないです。仕事で使うか使わないかは全く関係なく、海外に知り合いがいるというのは、いろんなことが吸収できますし、日本は狭いので、狭い中にとどまってはいけないと、いつも気付かせてくれるし、いろんな国の人とコミュニケーションを取るためには、やはり英語だなと思いますし、もちろん、ボディーランゲージでも交流できるんですけど、本当に自分が言いたい事を伝える時に言語は大事なので、そのためには英語が大事だと思っています。

(市長) 今は、英語が好きでベルフォンテン以外にも留学に行かれたりしましたか。

(参加者) オーストラリアへ行きました。

(市長) 英語が大事ということが本当によく分かって、今、皆さんの話を聞いていて、私はもっと英語を身に付けなければいけないなと、さらに思いました。教育の中でも英語は大事だと思います。今は、冬休みですが、春から進学先も決まって、ベルフォンテンには関係ないかもしれませんが、頑張れたというような充実感、春から大学生だからあるのではないですか。また海外へも行きたいとお話しされていましたが。

(参加者) 推薦入試だったので、早く大学を決めることができて、先日、※※※※大学に行った時にも、英語が一番大事だということを向こうの先生からも聞かされて、これからの3カ月で今までにやった英語を全部復習するという課題も出ていますし、大学入学後は、自分のしたいことが海外でもできるというのがあるので、海外へ留学したいと思っています。

(市長) ボランティア活動もしてみえると聞いていますが。

(参加者) SIFA(鈴鹿国際交流協会)の方で、ボランティア活動をやらせていただいています。

(参加者) 鈴鹿国際交流協会が毎年4月にハンターで「わいわい春祭り」という国際交流イベントをしていますが、私が引率するようになってから、鈴鹿市は外国人が多く在住するまちだということも説明をして、日本人はアメリカに行けばマイナーですので、なぜかしら欧米人はとても大好きなのですが、振り返って鈴鹿を見てみると、外国の方がたくさん住んでみえる、何の違いもないということも含めて、そういう話を旅の先々で折に触れてしながら旅行をしてきます。そうすると帰ってから、こういうイベントをするということでボランティア登録してもらって、最近はすごく積極的に参加してくれて、周りにいる外国人に対する考え方や接し方も変わってきているというのは、うれしいことでもあり、気付いてほしいということもあってお話をしていたのですが、去年の3人は今年の春祭りですごく頑張ってくれました。今年のメンバーもボランティア登録をして今後また機会があったら、ボランティア活動にも積極的に関わっていきたいということで、動き始めてくれています。

【多文化共生のまちづくりについて】
(市長) ボランティア活動を通じてどうですか。ちょっと鈴鹿の多文化共生のまちを見て感じることとかありますか。

(参加者) 私は、ベルフォンテンに行く一年前の「わいわい春祭り」からボランティア活動で参加させてもらっています。そのきっかけとしては、5つ上に姉がいるのですが、姉が国際交流にものすごく興味を持っていて、大学もコミュニケーション学部に進んだりしている姉なので、一緒に参加しようと誘ってもらってボランティア活動に参加していました。一年目の時は、特に周りの人に気を遣うこともなく、自分自身に与えられた事をやるというか、一人で行動してしまっていたというのが実際だったのですが、ベルフォンテンに行って帰ってきてから迎えた「わいわい春祭り」では、周りに困っている人がいないかと思ったり、外国人の方が沢山きてくれるお祭りなので、困っている人がいたら、どうしたらいいか自分で考えて動けるようになったり、周りの人にすごく気を遣えるようになったと思っています。

(市長) 鈴鹿市は、8,000人以上の外国の方が住んでいて、非常に多文化共生を進めていかなければならない都市ですが、そういう中で、ベルフォンテンだけに限らず、こんな鈴鹿市だったら外国の方と共生できるのではないかとか、こういうことをしてほしいということ、こういうことをすれば鈴鹿市は変わるのではないかと思った事があれば教えていただきたいです。まだ今からどんどん鈴鹿市をつくり上げていっていただだかないといけない年代の方が、せっかく今日は来ていただいていますので、そういう観点で、こういう鈴鹿市だったら共生しやすいのではないか、こんなふうに変わるのではないかというようなことがあったら、ぜひ教えていただきたいと思います。

(参加者) 私の学校には、ブラジル人の女の子が転校して来て、今、文化祭の有志発表に向けてバンドに巻き込んで練習している最中ですが、その子と喋る時に日本語でも楽しいのですが、やはりその子の慣れ親しんだ言葉で話したいとも思うのですが、日常会話なんて英語でもまだまだできないのに、そんなポルトガル語がすぐ喋れるわけがないので、いろんな言葉の挨拶ぐらいは知っていきたいと思うので、いろんな国の挨拶をまとめたプリントや、下敷にしてもらったりして、どこでも見えやすい所にあれば、どんな所から転校生が来たり、どんな国の子と話そうと思っても初めのコミュニケーションは取れると思うので、そんな挨拶の言葉が載ったものが欲しいと思います。

(参加者) 私も、バイト先などで外国の方が多いなと感じるのですが、そういう方たちで親子連れの方は、子どもさんが通訳になって、その子どもさんが親に伝えて会話を成り立たせているという状況をすごく多く見かけます。語学の学習を進められていると思いますが、やはりまだ外国の親世代の方たちは、そんなサービスを利用できていないのかと感じます。全く日本語が喋れなくて、子どもたちにすぐ頼ってしまうような状況をすごく見かけるので、そういうことが行われているということをその方たちに分かるように呼び掛けが進んでいけば、こちらでも暮らしやすいようになっていくのかと思います。

(参加者) 今、実際に窓口に来られる市民の方で外国人の方もみえるのですが、英語圏の方よりはブラジルの方やペルー、ボリビアの方が多いのですが、スペイン語を習っていないのもあって全然喋れなくて、説明もうまくできないので、何とかその時に、英語なら少しくらいどの国の方でも知っているのではないかという期待も込めて、英語で説明を試みたりするのですが玉砕することが多いです。やはり、コミュニケーションは言葉ができないと駄目で、ボディーランゲージでも伝わることはありますが、限界もあって伝えきれない時もあるので、もちろん英語も大事だと思いますが、鈴鹿市に実際住んでみえる方はブラジルなどポルトガル語圏やスペイン語圏の方が多いので、英語だけに目を向けていても駄目なんだと思います。

(市長) 実際に、外国の方がたくさんいるまちだということは、皆さん実感されていますか。何カ国くらいの方がみえるかご存知ですか。

(参加者) 想像がつかないですが、結構みえると思います。50カ国くらいですか。これだけいろんな国から技術職などで働きに来てくれている皆さんに、安心して日本で住んでもらうためにも、要望があるのですが、中学校か小学校で第二言語としてポルトガル語などを取り入れてみるのはどうかと思います。うちの学校で、単語は青春ですと言っている英語の先生がいるのですが、単語を覚えてもっと外国の人とコミュニケーションが取れるようになったらいいなと思います。

(市長) 有意義なご意見ありがとうございます。何カ国か見当がつきますか。

(参加者) SIFAのサイトに出ていましたが、今日こんな質問が出ると思わなかったので、40くらいですかね。

(市長) 56カ国で8,200人くらいの方が鈴鹿に在住してみえます。日本で生まれている外国の方も増えてきて、定住化がだんだん進んできていますので、そういう意味で、非常に外国人の方が多いまちだと感じていただくと思います。外国人集住都市会議というものにも鈴鹿は参加をしていまして、全国でも結構外国人の方が住んでいる市がありますが、鈴鹿は20万人の市民の内の約8,200人が外国の方ですので、かなり高い割合になっていると思います。
 そんな中で多文化共生をどんどんしていかなければならない、交流しているだけではなくて、今は交流から共生をしていかなければならない時代に入ってきましたので、先ほど皆さんに言っていただきました言葉の問題は、課題に上がってくると思います。ゴミ集積所へ行って見ていただいても、いろんな言語で書いてあると思います。
 今、鈴鹿では、看板などをいろんな表記の方法に変えています。今度、各小学校に避難所の看板を設置するのですが、標高とか避難場所を示したオレンジ色の看板で、それにも4カ国語の言語で表記します。そのようにいろんな方法を考えながら、いざ災害がきたときに日本人だけではなくて、いろんな方がみえますので、皆さんが安全に逃げていただけるような分かりやすい表記の仕方というのも、今、取り組みを進めています。
 他にどうですか、鈴鹿のまちは外国の方と、こういうことをしたらすごいまちづくりができるのではないかということがあったら教えてください。

(参加者) 消極的な発言になりますが、あまり外国人ということを意識しすぎるのもよくないと思います。さっきも言いましたが、やはり人間としてとらえた方がいいと思います。

(参加者) SIFAで行われている「わいわい春祭り」のようなものを、すずかフェスティバルのようにもう少し大きな形でやってほしいと思います。

(参加者) 先ほどのお話と同じですが、大きなイベントだととても参加しやすいので、どんどん大きなイベントにしていただけたらと思います。

(参加者) 私もそう思いますが、私は鈴鹿に住んでいないのですが、すずフェスとかには帰って来るので、特に生き生きと暮らすためには、やはりまず好きになってもらわないと駄目だと思います。まず鈴鹿のことを好きになってもうと、私たちが彼らの言語を提示するだけではなくて、彼らも日本の事を知りたいと思ったり、日本の言語を勉強してみようかという気になると思います。
 私たちがすることも大事だけど、彼らに日本を好きになってもらって、お互いに共生していくという観点から考えると、そういった祭りで鈴鹿や日本を好きになってもらうことができれば、私たちが彼らと交流するということになると思いますが、気軽に外国の方が来てもらえるようなイベントがあって、私たちがその祭りの良さを出すという趣旨のものがあるといいかなと思いました。

(市長) 来年市制施行70周年です。できたら、そういうお祭りなどを提案いただけないでしょうか。

(鈴鹿国際交流協会) 共生をどう進めるかということについては、私たちの一番大事な仕事のひとつになっていますので、今、聞かせていただいたお話は、十分検討させていただいて、やはり誰かがおっしゃっていただいたように、鈴鹿を好きになっていただくことが一番大事なことで、そうすれば日本人の方と外国人の方が仲良くできると思うので、ぜひそういった方面で私たちも努力していきたいと思います。今日は貴重な意見をありがとうございます。

(市長) いろんな発想の仕方と皆さん方からいただいたいろんな思いを、事業に反映させていきたいと思います。他にこの際だから、例えば、多文化共生の話だけではなくて、全般的にもし何かあったらお聞かせください。せっかく、教育長も生活安全部長もおりますので、こんなことを聞いておきたいということがあったら。この際にどうぞ。

(参加者) 最初のスライドで、延べ400名くらいの方がSIFAから派遣されて交流されたということを見て、また最近の交流の仕方も様変わりしているというか私たちの代とは随分変わってきていると思ったので、これからの派遣団のビジョンとか、こういうふうになっていったらいいなというものがあれば、楽しみにしているので教えていただきたいです。

(参加者) 希望としては、今は鈴鹿から行っているだけで、当初はベルフォンテンからも来てもらって受け入れていて、お互いが行ったり来たりして交流が成り立っていたのですが、どうしてもアメリカ経済の状態が悪いということで、あちらは市からの補助金も一切出ないということで、日本に来たい方はいっぱいいるけど実際いくら掛かるか分かると経済的に行けないという状態らしいです。ですから希望としては、なんとかそこをクリアーしてお互いに行き来ができたらいいなと思っています。
 あとは、行くことによって、アメリカに行ったら自分が外国人だということから、身近にいる外国人の気持ちが分かるようになるということ、鈴鹿は今、多文化共生をすごく言っていますが、やはり国際交流も別の意味で2本立てで、本当に必要なことだと私は思っています。偏るのではなくて、バランスよくこういった生徒たちが皆さん含めて、そういうことに気付いて、自分の社会に戻った時に生きていける、人生に影響が出て変わっていける。今までスルーしていたニュースも、行った事によってアメリカでこんな事が起こっているんだという、今までは興味が無かった事でも耳を傾けて、今、世界でどんなことがあるのかとか、あの国はどうなのかとか、それがきっかけで広がっていくわけです。  本当にそういう意味で、体験するということは何よりも大事なことで百を聞いても、やはり実際行って体験してきた人たちは、多分市長も感じられたと思いますが、本当に私が傍で見ていても、行く前と帰って来た後では皆すごく変わります。本当に短期間なのに、どうしてこんなにしっかりするんだと思うくらいに、一回り成長して帰って来ると感じることで、やはり体験するということの大切さ、それが本当に何よりも教育にもつながることで、人材育成にもつながることですので、国際交流も大事、多文化共生も大事だなと感じています。

(市長) 準備の段階から最初の方から随分方法が変わって、多分いろんな準備の段階から目的意識を持って積み重ねていただいて、それを向こうで発表していただくという長い期間を重ねていただきながら、皆さん方の行った時だけではなくて、そこから成長が始まっているんだなと感じました。
 今年は、行った時と帰って来た時の表情を見せていただきましたが、本当に全く違う表情で、生き生きとして帰って来ていただきました。鈴鹿市にとって素晴らしい人材を輩出している事業だと感じました。
 もう一回参加してみたいですか。この事業についてご意見があれば教えてください。

【派遣事業についての意見】
(参加者) 行きたいです。当時の団員とは今でもちょこちょこ会っていますが、またあのメンバーが集まったら面白いなと思っているので、あのメンバーと一緒に行きたいです。

(参加者) 私も行きたいです。先ほどのスライドを見ていて、今の派遣の内容でもっと日本のことを紹介したかったなと思いました。向こうでの思い出もいっぱいありますが、一緒に行った仲間がすごく好きなので、もう一回皆で集まってアメリカには行かないにしても、派遣が終わった後も、ずっと仲良くできるような関係が作れたのがとても良かったと思っています。

(市長) 中学の時に参加されましたか。

(参加者) 私は高1の時で、参加者は中学生と高校生が半分ずつくらいいました。

(生活安全部長) 昔は、教育委員会がやっていた頃は、各中学校から一人ずつ推薦をいただいて、すべて公費で派遣させていただいていましたが、それが難しくなってきて協会でさせていただくことになった時に、もっと参加者の枠を広げたらどうかということで、高校生も参加していただくことになりました。

(市長) 平成9年からが協会でさせていただいていますね。さっき言っていた、※※※※さんという方も29歳ということで、本当にすごい歴史です。とても長い事業で、歴史を積み重ねていただいて、また新たに皆さん方も次の歴史を積み重ねていただくような形になるのかと思うと、すごい交流をしてきていただいていると思います。 400人くらいの方が行っていただいているということですが、先日、いつから始まった事業か尋ねたら、昭和63年から始まっている事業で、23回行っていると聞いて、私が学生の時に、そんな事業があったのかなと振り返ってみると、ひょっとすると誰か生徒会の人が行っていたのかもしれないとお話をしていました。
 それくらい歴史のある事業なんだとあらためて感じましたし、いい提議をしていただいたと思うのは、本当に多文化共生はしていかなければならないけれど、逆に大人の方が身構えてしまって、皆さん方は学校やいろんな所で常日頃、外国の方たちと接してみえるので、こちらが言わなくても、共生していただいているということを、自分の娘や息子を見ていても思います。
 私たち、行政側は、どうしてもより良いサービスを公平に提供していくためにはどうしたらいいかとかいうことを考えると、何が一番いいかと考えると、言葉や、共生という話が出てきますが、今日は逆にそういったことではなく、違う一面の提案をいただいて、これから事業を展開していく中で、それぞれの立場、年代の方から率直なご意見をいただけたと思いますし、具体的に、挨拶ができるとコミュニケーションが取れるということは、本当にそうだと思いますので、それぞれの学校やいろんな所で、そういったことにつながっていくのだと思います。

(教育長) クリスマスケーキを返上して三日間勉強してきましたので、その中からお話させていただきます。まず、これから求められる人材像という話がありました。ひとつは、非常に創造的な人間が欲しいということ、これは国や民間企業、事業所もそうです。二つ目は、創造された物を広く伝える人が欲しい、これは、今、英語に関心を持っていたり、英語だけに限らず言語に関心を持って、いろんな外国の能力があって、専門性も持って、創造された物を伝えないといけないですから、言語能力があって、専門性の高い人が非常に求められている。三つ目は、コミュニケーション能力がある人、そして、周りに気遣いができる人が求められている。
 外国語に関心を持ったり、周りの人に気遣いができるようになる経験というのは、皆さんの話を聞いていると、きっと将来に活きてくるのかと思います。求められている人材育成に非常に当てはまって、非常にいい形で帰って来てもらっているな、経験が活きているなという気がしました。特に、もう社会に出ている方もそうですが、これから社会に出る方、そういう経験をしっかりと伸ばしていただいて、活かしていただいて、もっとスキルアップして、そちらの方向へ進んでいただくと非常にいいのじゃないかと感じました。

(生活安全部長) いい経験をしていただいたというのはもちろんですが、今後も、若い方の国際交流、多文化共生以外の市政全般に関するご意見、ご提案についていただきたいと思います。また、ベルフォンテンでの経験をもとに皆さんのますますのご活躍を改めて期待しております。

(市長) せっかくですから最後に、皆さんから一言ずつ、今の教育長と生活安全部長の話を受けてお話しいただけたらと思います。

(参加者) 今日のお話で、自分もこれから大学に進むにあたって、地方の大学なので、全く知らない子たちと出会う中で、今回この事業で行って身についたコミュニケーション能力を大学で発揮していきたいと思います。そういうことを先輩方や今年行った人たちの話を聞いて、自分は発揮していかなければいけないなと気付くことができました。ありがとうございました。

(参加者) 途中のお話でもありましたが、どんな仕事であれ、英語はこれから使うようになるじゃないですか。中学の時は英語が好きで得意でしたが、高校に入ってどちらかというと不得意の分野になってしまいましたが、それでも、まだ英語は好きでいられるし、その好きな理由のひとつに、ベルフォンテンに行ったことがあると思っているし、そういう意味で、自分の苦手なところを克服してちゃんと英語を使えるようになれればと、あらためて感じました。

(参加者) 私は、これから自分の人生の中で、ベルフォンテン市に行ったことで自分が変わったことを活かしていけたらいいなと思っています。そして、今日の皆さんの発言の中に英語以外にもポルトガル語やスペイン語といった言語が必要なんじゃないかということで、これから私は大学生になるのですが、その中で、ポルトガル語かスペイン語を、本当は両方取得できるといいのですが、それは難しいと思うので、どちらか一方だけでも自分ものにできたらと思いました。

(教育長) スペイン語を勉強するとポルトガル語は分かりやすいらしいですよ。

(参加者) 教育長さんが言ったように、広い視野を持つという点と、コミュニケーション能力を育てる上で、多くの方に伸ばしていただきましたし、この活動をもっと広く多くの人に知ってもらうためにも、いろいろな広告をして広めてほしいと思いますし、やっぱりこの活動は、23回も続いていて、伝統があるので、これからもずっと続けていってほしいと思っています。来年から大学なので、ベルフォンテンで学んだことを無駄にせず、しっかりとこの心を忘れず頑張っていきたいと思います。

(参加者) 私は、この話し合いをしていて、皆さんの口から聞いたこともないような言葉がよく出てきて、先輩方は自分の持っている情報をちゃんと自分の中で整理してから話すことができていて、私なんかだったら、体験した感想をそのまま述べているだけなので、まずこういう話し合いに参加するためには、鈴鹿市がしていることは何ですかと聞かれた時に、すぐ浮かんでくることもなかったので、他の事に目を向けるのもいいですが、まず自分の身近な事で、ちゃんと情報を持って身の回りの事をまず知ることからこれから始めていきたいと思いました。

(参加者) 私も一緒ですが、身の回りの事を知ることが大切だなと思ったのと、ポルトガル語とか他の言語も勉強しなくちゃと思いました。学校の友達で英語だけではなくて、他の言語も喋れる子がいっぱいいるのですが、その子とは日本語と英語で喋るので、その子が喋れる他の言語も教えてもらおうかと思います。

(参加者) 今日参加させていただいて、10年ほど前の方のお話を聞かせていただいて、私たちの時のことを皆さんうらやましがられていましたが、皆で歌の練習をしたり、毎週集まってこういう場で意見をいっぱい言わなければならないので、最初参加した時は、どうしよう思うばかりでした。でも参加させてもらったことによって、こういう場でも喋れるようになりましたし、教育長さんも仰ったように、これから求められる人材、コミュニケーション能力、周りの方に気が配れるようになったということで、看護学校に入ってから、こういう皆の場で何かを伝えなければいけないとか、自己紹介で2分も3分もお話させられたりばかりでしたが、でもこういう企画に参加させていただいて、その場で海外の事を知るとか交流だけではなくて、こういう場で自分の意見を率直に述べて皆に理解してもらえるように伝えるということを習得することができて、すごく苦手なことでしたが、そういうことも得ることができて、いい経験だったと今でも思っています。

(参加者) この事業でベルフォンテンに派遣させていただいたのですが、すごく安い値段で行かせていただいたのですが、あの頃はそこまで考えてなかったのですが、鈴鹿市に大きな機会を与えてもらって、その上で大きなものを得て帰って来れて今の自分に成り立っているので、総人数約400人の方が今までに行っているそうですが、その400だけそれぞれが得ていてももったいないというか、裾野を広げるというか、400だけではなくてその下にもっと広がればいいと思います。せっかく鈴鹿市が大きなものをくださったので、何か鈴鹿市に返したいと自分は思いますし、他の方も返してもらえたらと思います。

(参加者) 今日のこの話し合いに参加していて、一番思った事は、鈴鹿市ってパワフルなんだなと思いました。私は、鈴鹿を離れてもう7年目で、大阪という都市に住んでいますが、外から見ていても鈴鹿が一番好きですし、こういう国際交流とか外国人との共生を頑張って進めていたり、モータースポーツの面でも、いいところや強みがいっぱいあるので、私は、今さらですが、もっと鈴鹿市に興味を持ちました。外から見ると自分が住んでいた時とは違う所がいっぱい見えて、自分が鈴鹿市で生まれ育って本当に良かったなとあらためて感じて、この国際交流の事業もこれからもずっと継続してもらって、鈴鹿市を好きな人とか、海外にも興味を持つ人が増えていけばいいと思いました。

(参加者) 私は、今日は、ベルフォンテンのこの事業に参加したことがすごく自分の中で財産になっているので、少しでも恩返しができればという気持ちで参加させていただきましたが、そんなことよりも、若い皆さんの意見が聞けたり、市政に携わってみえる方のお話が聞けたり、また一緒に旅を共にした仲間に会えるという機会を与えていただいて、自分が恩返しどころか、いくつものギフトをもらったような気持ちでいます。
 このベルフォンテンの事業に関してですが、教育長が仰られていたことが全部できるようなプログラムになっていると思います。他国の文化を知る基礎になったり、自分の国を紹介するためには自分の国を知らなくてはいけないので、やはり日本の事を勉強する機会になったり、一緒に旅をする仲間とコミュニケーションを取って、一緒にこの事業を作り上げていくということが全部できるすばらしい事業だと私は思っているので、これからのベルフォンテンの事業のビジョンも聞けましたし、すごくこれからの派遣団に期待していますので、ぜひすばらしい事業をずっと続けていただきたいとお思います。期待を込めて見守っています。私も鈴鹿に住んでいないので、また良い便りをいただけたらと思います。本当に今日はありがとうございました、そしてベルフォンテンに参加させていただいて感謝しています。

(参加者) もう泣けそうで、私が連れて行かなかった子たちでさえ可愛いという感じがします。準備をして行って帰って来るまで本当に大変ですけど、こういう人たちを見ると頑張りがいがあります。ただ、年々参加費は、皆さんの時代よりも今の子たちはもう少しお金を払って行っているので、要望になりますが、なんとか予算が確保できればいいなと個人的に思っています。
 あとひとつ気が付いたことですが、ポルトガル語やスペイン語もやった方がいいという嬉しい意見もありましたが、まず皆さんが一番最初に出来ることは、やさしい日本語で話すということ、今、協会でも進めていますが、なるべく短く区切って、なるべくやさしい日本語を使って喋ることがコミュニケーションが取れる第一歩になりますから、それも忘れないでください。その上でできたらいろんな言語を勉強してもらえたらうれしく思います。この事業に関われて私も幸せだなと今思いました、ありがとうございました。

(市長) ありがとうございました。いろいろ皆さん方のお話を聞かせていただいたり、感想も聞かせていただいて、本当に今日は良かったと率直に思っています。
 ベルフォンテンに行って帰ってきてから、今まで通り過ぎていたことも目を止めるようになったと言っていただいたように、今日この会に参加をしていただいて、改めてまた鈴鹿市のことに目を向けていただいたり、例えばこんなことを感じたと思っていただけたらいい機会になったのかと思いますし、あの時市長があんなことを言っていたけどその後継続はどうだろうとか、何かあったら教えてということがあれば、ホームページを通じてでも、メールなどで発信をしていただければ、ちゃんとお返事させていただきますので、今後もいろいろ教えていただけたらと思います。
 素晴らしい人材をしっかり輩出している事業であるということを、あらためて実感させていただきましたし、皆さん方のこれからのますます前途洋々たる未来があるかと思いますが、その中でまちづくりとか地域づくりに少しずつ携わっていただければ、またそれが鈴鹿市への還元につながっていくと思っています。
 今日は冬休みだったり、あるいはお仕事ある中でこうして時間を作っていただいたことに本当に感謝していますし、皆さん方が行っていただいたおかげで今年は、ベルフォンテンの市長さんも鈴鹿に来ていただきましてお話をすることもできました。ひじょうにベルフォンテンの市長さんも、皆さん方と交流できたことを喜んでおられましたし、大変可愛らしい赤ちゃんのお写真も見せていただいたり、若い素晴らしい市長さんで、今も、そういう中で行政同士も交流ができているという、ひとつの橋渡しをしていただいているのも皆さん方だと思っていますので、今後もぜひお願いしたいと思います。
 また皆さん方は行っていただいた方なので、これからのこの事業について、今度は逆に指導をしていただいたり、いろいろなところで裾野を広げていくといったそれぞれの役割というものを果たしていただけたら、それが一番この事業の継続につながっていくのかと考えていますので、これからもお願いしたいと思います。
 もう年末が押し迫ってきましたので、しっかりと体力、体調を整えて素晴らしいお正月を迎えていただきたいと思います。来年は龍年ですから、鈴鹿市はますます昇り竜というか発展していくように頑張っていきますが、皆さん方の人生も、それくらい発展できるように是非とも頑張っていただきたい、とご挨拶させていただいて、これで終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

※この会議録は要約しています。