鈴鹿市の歴史

●●●昭和48年〜57年


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S48 6.21
市立体育館新設。



市立体育館

正体育館はバスケットボール2面、バレーボール3面、テニスコート2面、バドミントン10面でいずれも同時使用できる。2、3階の固定観覧席だけでも2652人が収容可能。昭和50年の三重国体にはバレーボール会場となった。



7.10
国鉄鈴鹿駅の名称が河曲(かわの)駅に改称される。

7.12
鈴鹿市土地開発公社設立。

8.23
鈴鹿市勤労青少年ホーム新設。

9.1
国鉄伊勢線開通。

9.18
国道23号線バイパス開通。

11.24
石垣池公園野球場オープン。
S49 4.1
県立飯野高等学校新設。

4.30
津市を抜いて、県下2番目の人口となる。

7.25
集中豪雨により災害救助法発動。
S50 3.19
鈴鹿郵便局新築移転。

4.12
市立テニスコートオープン。

4.30
杉本龍造氏が市長を退任。

5.1
野村仲三郎氏が市長に就任。



第三代野村仲三郎市長

杉本市長の勇退のあとを受けて、第三代市長に就任。
以後、三期12 年在任、この間佐佐木信綱資料館、伝統産業会館、 文化会館など文化施設の充実に努められた。



5.13
北勢公設地方卸売市場組合設立。

7.5
鈴鹿市労働福祉会館新設、労働会館廃止。

9.14
皇太子殿下、同妃殿下が、第30回国民体育大会夏季大会ご臨席の途次に、来市される。

10.26
第30回国民体育大会開催。

11.14
養護老人ホーム「南山荘」新築移転。
S52 1.24
汲川原橋開通。

3.3
消防署西分署新築移転、加佐登分署廃止。

8.1
鈴鹿市社会福祉センター新設。
S53 4.1
県立石薬師高等学校新設。



市立鼓ヶ浦中学校新設。



三重県消防学校新設。

6.30
鈴鹿市総合計画策定。

7.1
市立西部体育館新設。

8.23
人口が15万人に達する。

12.19
市庁舎(西庁舎)増築完成。
S54 3.20
近鉄白子駅橋上駅舎完成。

3.26
北勢公設地方卸市場開場。

4.1
市立井田川小学校新設。

12.1
救急医療情報システムが確立。
S55 4.1
市立鼓ヶ浦小学校新設。



鈴鹿亀山地区伝染病隔離病舎組合設立。

11.2
鈴鹿市農村環境改善センター新設。

11.18
鈴鹿商工会議所会館完成。



鈴鹿商工会議所会館

昭和37年には、商業・工業・食料品工業・金融・交通運輸観光の5部門だったが、昭和55年には15部門に増部され、会員総数は3058名となる。
この年に、飯野寺家町地内(中央道路沿い)に鉄筋5階建の商工会館が建設された。


S56 4.1
市立図書館新築移転。



市立西部野球場オープン。



石垣池公園陸上競技場オープン。



消防署南分署が新築移転、白子分署廃止。



鈴鹿亀山地区伝染病隔離病舎新設。
S57 4.9
市立西部テニスコートオープン。

5.17
関西本線電化。

6.4
鈴鹿川河川緑地野球場オープン。

6.8
移動図書館がスタート。

7.29
石垣池公園市民プールオープン。

12.1
市制40周年記念式典。

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